「そういえば、アズール先輩の告白にはちょっと驚きました」
 監督生が笑顔で言い放った言葉に、視線が一箇所に集まる。
「は、僕が?」
 何を言っているのか分からない、と言いたげにアズールは綺麗な顔を嫌そうに歪める。その隣に立つ長身の兄弟は、話の続きを促すように監督生へと視線を向けた。
 閉店後のモストロ・ラウンジ。静かになった店内には、アズールとジェイド、フロイド、それから監督生だけが残っている。アルバイトとして時折手伝いをしているけれど、今日は片付けが終わった後、なんとなく話が盛り上がってしまった。
「だってあのまんまるタコちゃん! 昔の先輩があんなに可愛かったなんて」
「あれは告白ではなく暴露されたというんです! というか、もう忘れて下さいあれは!」
 瞬時に真っ赤になって反論するアズールに、監督生は笑みを崩さないまま、さらに言葉を続ける。
「ぷにぷにで可愛いのに~、私は好きですよ」
「可愛かったよー、食べでもありそうで」
「あぁ確かに美味しそう」
「あなたたち!」
 耐えかねたのかアズールが叫ぶ。
「あはは。でも、先輩がそんなに嫌なら、これ以上はやめておきます」
 監督生は話を切り上げた。
「っていうかー、小エビちゃんて、実はデブ専?」
 と思いきや、フロイドが微妙に変わっていない話題をつなげてくる。
「そういうわけではないですよ。アズール先輩だから好きなのであって」
「おやおや」
 それまで黙っていたジェイドが、アズールへと視線を向ける。
「今のアズール先輩は綺麗でとても魅力的だと思いますけど、先輩なら痩せてようが太ってようが、私はどっちだって構いません」
 臆面も無く言い放つと、アズールは顔を押さえてうつむいた。耳まで真っ赤になっているのが見える。
「もう勘弁してください恥ずかしくて死にそうです……」
「茹でダコですね」
「そんなところも可愛いです」
 ジェイドと監督生がフフフ、と妖しげな声を立てていると、フロイドが頭の後ろで手を組んで、唐突に告げた。
「あーあー、小エビちゃんの勝ちかぁ」
「はい?」
「アズールちょろすぎ~」
「その素直さがアズールの良いところでしょう」
「え? どういうことです」
 動揺を隠しもせず三人の顔を見渡すアズール。
「いや、その、先輩達とちょっとした賭けをですね」
 監督生の言葉を聞くと、ふいと背を向けてしまった。
「……みんなして僕のことをからかっていたんですか」
「確かに賭けはしてましたけど、全部本心ですよ」
 監督生はアズールの手をきゅっと握る。
「というわけでジェイド先輩、フロイド先輩。約束通り明日は借りていきますからね!」
「えぇ、僕たちの完敗ですから」
「いってらっしゃーい」
「なんですか、なんなんですか、ちょっと僕にも分かるように説明してくださいよ」
 監督生と双子は、それぞれ顔を見合わせる。そして、説明役を買って出たのはジェイドだった。


 ことの発端は数日前。今日と同じようにモストロ・ラウンジのアルバイトに入った日の閉店後。VIPルームにアズールがいる間に、監督生が切り出した話がきっかけだった。
「あの。アズール先輩のことを……教えて頂きたくて……」
「小エビちゃん、アズールが好きなのー?」
 ずばっと言い放たれ、監督生は口ごもる。けれど、しっかりと頷いた。
「す、好きな人とか、付き合ってる人とかは」
 双子は顔を見合わせて、それからニィ、と人の悪い笑みを浮かべた。
「恋人はいません。保証します」
「小エビちゃんはアズールの恋人になりたいのー?」
「それは、そうなれたら、嬉しいですけど……」
「ふーん」
 双子の笑みがますます深くなることに、監督生は気づかない。
「僕たちの大事なアズールを、そう簡単に渡すことはできませんねぇ、ジェイド」
「そうそう」
「ですから、一つ賭けをしましょう。その条件は――」


「僕たちの前で、アズールを口説き落とせたら、一日デートに貸し出しますよ、とお約束したんです」
 ぽかんとした顔で話を聞いていたアズールが、思い返して唸った。
「口説き落としたっていうんですか、あれ」
「だってアズール、真っ赤だったじゃん」
「そうですねぇ、監督生さんに褒められて浮かれてましたし」
「浮かれ……っ、ああもう、大体こんな回りくどいことをしなくても、直接交渉すればいいじゃないですか」
 言われてみればごもっとも。なんだか勢いで乗せられてしまったけれど、どうしてこんなことになっていたのか。
「だってその方が楽しいし!」
「結局あなたたちは僕のことをからかっていたんじゃないですか!」
 悪戯が成功した子供のような二人の表情。それが回答だった。
「というわけで、明日はよろしくお願いします……」
 握った手を離せないまま、監督生は告げる。勢いに任せて大胆なことを言ってしまったのが、今になって恥ずかしくなってきた。
 手は振りほどかれることのないまま、少しだけ力を込められる。そして。
「……一日だけで、良いんですか?」
 不敵な表情。その頬はまだ赤いけれど。
「明日、楽しみにしています。……覚悟しておいてくださいね」
 握った手の甲に、そっと寄せられた柔らかな感触。挑むように見上げてきた瞳。
 それって。つまり。
「~~~っ」
 今度は監督生の方が、真っ赤になって項垂れる番だった。

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