強い雨が全身に叩きつける。グリダニアの森で俺はただ一人立ち尽くし、雨に打たれていた。
 血で滑った斧を離し、手のひらを見れば、雨に洗われてまばらに残った血の痕が薄明かりに照らされて見えた。
 自分の血なのか、助け出そうとした誰かの血なのか、或いは妖異の返り血かもしれない。
 鎧はまだマシかもしれないが、服はきっと酷いことになっているだろう。
 いや、周辺の惨状に比べれば俺の状態など些細なことだが。
 今は夜闇に隠されているが、朝になれば地獄のような光景が浮かび上がるだろう。
 ……強力な妖異の討伐依頼。だが俺は、誰一人守れなかった。
 妖異はなんとか倒すことができたが、双蛇党の人達も、他の冒険者も、居合わせただけの一般人も。
 駆けつけた時にはすでに遅かった。残っていた数人も、目の前で。
 自分だって、生きているのが奇跡なのかもしれない。
 ――報告をしなければ。テレポでグリダニアに転移し、話をする。
 後は双蛇党が引き受けるとのことで、報酬を渡され宿に戻った。
 断るのも問題になるから受け取りはしたが、少なくとも喜べる気分ではなかった。
 重い身体をひきずって、無理矢理シャワーを浴びる。
 血の臭いを洗い流したかった。

 身体は綺麗になったが気は晴れない。寝るときのラフな格好をしてみたが眠れる気分でもなかった。
 夜と雨で視界が悪かったのはよかったのかもしれない。こんなことは初めてではないけれど、何度体験しても慣れるものではない。
 ただただ苦しかった。
 無意識にリンクパールを取り出して、両手で包み込み呟いていた。
「オルシュファン……」
 それでも彼の耳には届いていたようだった。この急な依頼を受ける前は少し話をしていたから、気づくのが早かったのかもしれない。
『あぁ、お前か。依頼は無事終わったのか?』
「会いたい」
 オルシュファンの問いには答えず、告げる。
『そうだな、私もお前に会いたい』
「……今から、行っても?」
『勿論。待っているぞ』
 テレポを使えば一瞬だ。通信を切ってすぐに詠唱を始める。
 宿の荷物は明日引き取りに来ればいい。何も持たず、そのまま部屋を出た。
 空気が変わり、キャンプ・ドラゴンヘッドのエーテライト前。
 雪のちらつく中、俺はオルシュファンの私室へと走った。

「お前か。待っていたぞ」
「……」
 部屋の扉を開けたオルシュファンは、俺の姿を一目見るなり声を荒らげた。
「な、そんな薄着でここまで来たというのか! 冷え切っているではないか」
 俺を中に招き入れ、部屋の扉を閉める。その音を確認して俺はオルシュファンの首に腕をまわした。
「っ、……」
 引き寄せ、強引にキスをする。そのまま深く、自分から舌を差し入れて。
 すぐに腰を抱き直され、オルシュファンの方からも舌を絡められた。
「はぁっ、……は……」
 唇が離され、すがりつくように胸にもたれ掛かる。
 なんでもいい。この苦しさから逃げ出したかった。
「なぁ、ベッドに」
「……あぁ」
 彼はそれ以上何も聞かず、ただ頷いた。

 オルシュファンの上に覆い被さる体勢でもう一度キスをする。
「やけに積極的だな」
 咎めるでなく好きにさせてくれているのをいいことに、鎖骨から鍛えられた胸元へと、唇を這わせていく。
「そういう気分の時くらいあるさ。……嫌、か?」
「そんなことはないが」
 一瞬の浮遊感。瞬時に体勢を入れ替えられたのだと悟り、オルシュファンの顔を見上げる。じっと俺の目を見つめ、オルシュファンは真摯な声で問いかけてきた。
「一体何があったというのだ?」
「お前にはかなわないな」
 いや、これだけいつもと違うことをしておいて、疑問に思わないはずもないか。話すのを拒否すれば、彼は無理に聞いてくることもないだろうが。
 立場を考えればこんなこと、本当は言うべきじゃないのかもしれない。
 これが他の相手なら吐き出すことのなかっただろう想いを、そのまま口にする。
「なぁ、オルシュファン」
 オルシュファンは俺の横に移り、話を聞こうとしてくれているようだった。
「……英雄って、なんだろうな」
 オルシュファンはしばし考え、口を開いた。
「少なくとも、寓話のような万能の存在ではないだろう」
 オルシュファンの言葉に、胸に突き刺さるような衝撃を受ける。
 自分の未熟さを突きつけられたようで。
 けれど続けられた言葉は、決して咎めるものではなかった。
「笑ったり、傷ついたり、悩んだり。お前はどこにでもいる、ごく普通のヒトだ」
 小さな子供に言って聞かせるような、優しく慈しむ声。どうしようもなく胸が苦しくなった。
「私はそんなところを好ましいと思うがな」
 思わず泣きそうになって、慌ててオルシュファンの胸に顔を埋めた。
 きっとこれが、俺が欲しかった答えだったんだろう。
 万能でもなんでもない、元々はただの冒険者の一人だった俺は、誰でも助けることなんかできなくて、期待にも全て応えられるわけでもなくて。
 こうやって自分の無力さに悩んで、苦しんで、でもそれは許されないのだと。
 自分は求められる『英雄』でなくてはいけないのだと。いつの間にか、思い詰めていたのかもしれない。
 涙は必死に堪えていたが、声は震えていた。
「俺、誰も助けられなかった」
「……お前が悪いわけではない」
 それでも、誰かを悲しませているのは事実だ。双蛇の兵やその他の犠牲者にも、きっと大切に想う人はいただろうに。
「俺がもっと強ければ、誰かに悲しい思いをさせずに済んだかもしれないのに」
「お前は周りのことばかり考えすぎる。割り切れというのは難しいかもしれぬが、そうやって傷ついていては身がもたんぞ」
「そういうものかな」
「あぁ、そうだ」
「…………」
「…………」
 しばしの沈黙。不意に髪を撫でられ顔を上げると、そのまま唇を塞がれた。覆い被さられ、戸惑いに声が揺れた。
「す、するのか?」
「しないとは言っていないが」
 誘いをかけたのは自分だけれど、止められたからその気はないのかと思っていたのに。
「断る理由もないだろう?」
「そうだけど」
 あっさり服を脱がされて動揺が深くなる。どうやら冗談でもなんでもなく、本気で言っているらしい。
「少しくらい逃げたとして、誰に咎められることもないだろう。一時くらい、何もかも忘れて」
 オルシュファンは俺の目を片手で覆うと、耳に声を落とし込むようにして告げた。
「……私のことだけ考えていろ」

     *****

 腰を掴まれ、背後から突き上げられて一瞬息が止まる。
「はぁ、あ……ふかい……ぃ」
 苦しいくらいなのに、伝わる体温も息苦しさも痛みも快楽も。全てが今、生きてここに在ることを深く実感させてくる。
 激しく揺さぶられて意識が飛びそうになる。シーツにすがりつくのが精一杯だった。
 耳元に吐息を感じ、次いで耳朶を甘く噛まれる。
「耳、っだめ」
 吐息混じりの声が近くで聞こえる。舌で舐られて軽く吸われ、ぞくぞくと背筋を駆ける感覚。
「オル、シュ、ぁ、あ……」
 身体が震えて、耐える間もなくあっさり陥落させられた。気をやる浮遊感に頭が真っ白に染まる。
 放たれた精がシーツを汚していく。
「……ッ!」
 繋がれている箇所を締め付けてしまったせいか、オルシュファンが、小さく呻くのが聞こえた。
「はーっ、……、は」
 息が上がる。上手く飲み込めなくて、口の端から唾液が零れ落ちた。なんとか呼吸を整えようとするが意識してしまうと余計整わなくなってしまう。
「は……っ、ぁ」
 けほ、と軽く咳き込んで、シーツに伏した。このまま落ち着くまでこうしていたかったが、それは許されなかった。
「悪いがまだ、終わりではないぞ」
「ひっ……」
 絶頂の余韻に浸る間もなく、腰を強く抱き寄せられる。 奥まで突き上げられ、喉から悲鳴染みた声が漏れた。 それからオルシュファンは吐精したばかりの俺の性器に触れてきた。
「ま、って、だめ」
 ゆるゆると首を振って拒否するが、その手を止めてはくれない。萎えた性器を扱かれて、思わず逃れようと身を捩る。けれどしっかり腰を抱き込まれて逃げられなかった。
「や、ぁ」
 イった直後には強すぎる刺激。快楽を通り越して苦しいくらいなのに。
「だめだ、あ、あぁ……」
 涙がぽろぽろと頬を伝って落ちるのが分かった。
 色々な感情、感覚がない交ぜになって上手く処理できない。
 けれどそれもすぐにかき消された。
 内に埋め込まれた熱塊が身体の奥を抉る。上体だけベッドに沈み込んだまま、シーツを握る手に力が篭もった。 腰を持ち上げられ、また激しく突かれて声にならない悲鳴を上げた。
 それはどれほど続いたのか……何度も絶頂し、内に精を注がれて……最後には、俺の意識は完全に飛んでいた。

   *****

「俺、何やってるんだろう……」
 ベッドに突っ伏し、唸る。腰とか尻とか違和感がひどいし身体はだるいけれど、頭は醒めた。もやもやしていた気持ちも確かにさっきは追い出されていたし、気分も落ち着いたのだが。
 今度は別のもやもやした感情が胸のうちを占めていた。
「本当にすまない。落ち込んでたからって、お前を利用するような真似して」
「お前は変なところで真面目なのだな」
 オルシュファンの呆れたような声が降ってくる。
 けれど次の瞬間には茶化すように笑っていた。
「なに、気にするな。役得というやつだ。ふふ、理由はどうあれお前から誘ってくれるとはな」
 なんだかそれで済まされる状態でもないくらい酷いことになっている気もするし、まさかここまでされるとは思ってもみなかったのだがそれはそれとして。
 身体を起こすのも億劫で、ちらりと視線だけを投げて俺は溜息を吐いた。

「はぁ、お前は、俺を甘やかしすぎだよオルシュファン」
「思う存分甘えてくれてかまわないのだぞ?」
 オルシュファンは子供をあやすような手つきで俺の髪を撫でた。
「お前の拠り所となれるのなら、それでいい」
「……ありがとう」
 その手に自分の手を重ね、俺は目を閉じた。

 2016/10/09公開

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