よく晴れた日、午後の日差しは柔らかく部屋のなかに降り注いでいる。
 部屋の中央には暖炉も椅子もクッションもあるけれど、窓際の日差しが一番落ち着く。
大きめのクッションを一つだけ運んできて、それを抱えて日溜まりを占拠する。人に見つかったら行儀が悪いと言われそうだが、誰も居ないからいいだろう、と足を投げ出して壁にもたれた。
 なにをするでなく、ぼーっとしているだけ。なんだか贅沢な時間だ。
 しばらくすると、扉が開いた。
「あれ、マスターちゃん」
 声の方を振り返り、脚を折って座り直す。この呼び方をするのはタバティエールただ一人だけだ。いや、声を聞いただけでもう分かるけれど。
「珍しいな、こんな所で」
 そうかもしれない。いつも衛生室にいるから。けれどなんだか今日は気が向いたのだ。ここが一番暖かそうだったし。
 彼は暖炉の前に歩いて行き、それからまた声を掛けてきた。
「そんな隅にいないでこっちに来ればいいのに」
「でもここ、暖かいの」
 そうか、と彼は笑った。そのまま暖炉の前の席を陣取るのかと思っていたら、窓際に近付いてくる。
「隣、座っても?」
 マスターは頷くと、彼の方にも陽が当たるように少しだけ横にずれた。窓は大きいから二人居ても充分日はあたる。
「また逃げてきたの?」
「……そんな所だな」
 微苦笑を浮かべる彼は、本当に人がいいというか、なんというか。休日となると色んな人から頼まれごとをしていたり、結局忙しく働き回っているのをよく見かける。断ってもいいのにとは思うけれど、誰かの為に働くこと自体は嫌いじゃないのだろうし、本当に無理なときはちゃんと断っているらしいのでそれ以上何かを言うつもりはない。彼は自分よりもずっと大人だし、上手く息抜きもしているのだろう。
 多分それが、今なのだろうけど。
「あぁ、良い天気だな」
「そうだね」
 昼食後の穏やかな時間。こんなに静かでぽかぽかして、だんだん眠くなってくる。
 あくびが一つもれたのに、彼はすぐに気付いたようで。一度立ち上がって何かを取りに行き、それから元の場所に座った。
「眠いんなら、寝てもいいんだぜ」
 そうやって甘やかしてくれるから、素直に彼の膝に顔を寄せた。頬を撫でられ、目を閉じる。大きなてのひら、長い指。普段は銃を取って戦っているし、基地でも料理や細かい作業やらで色々と働いているから、細かな傷や火傷痕なんかも幾つもある。それでも、少しごつごつしたこの手は誰よりも優しくて、触れられていると安心する。夢と現の間のふわふわした感覚の中、半ば無意識に頬を寄せて。
 本当に、きょうは、あたたかい。

 

 *****

 

 すぅ、と寝息を立てる彼女の頬をそっと撫でる。ブランケットを掛けてやって、それから雑誌に手を伸ばした。レジスタンスで発行しているもの。もう既に読んだ気もするけれど、暇つぶしには丁度良い。
 一人になりたくてここに来たけれど、彼女ならば話は別だ。傍にいるだけでこんなにも心が安らぐ存在は他にいない。
 それにしても。
 陽だまりで身体を丸めて眠る少女は、なんだか猫みたいだ。少し吊り気味の瞳と細くしなやかな体付きも、猫っぽさを感じさせるし。何より、自分の手に擦り寄ってくる仕草が。 ふ、と思わず笑みが零れる。こんな彼女を知っているのは、きっと自分だけで。これは優越感だなと自覚する。自分しか知らない彼女を独占できるのは、恋人の特権というものだろう。
 時折、パチ、と暖炉の火が爆ぜる音が聞こえる。それから、自分が紙をめくる音。外の喧噪もここまでは届かなくて、流れる時間は穏やかだ。
 あたたかい。ただこうしているだけで、疲れも消えていくような気がする。
 自分が求めて止まなかったのは、きっとこういうものなんだと思う。平和な日常にある、一欠片の幸福。
 戦う為の存在であるはずなのに矛盾しているようにも感じるけれど、人の姿を得て多くの人と接して、彼らと何一つ変わらない愛を知って、与えあって。
 この温もりはもう手放せそうにない。
 ずっとこうしていられたらなんて思うけれど、それは叶わない望みだ。どうしたって時間は過ぎる。
 いつもより時間をかけて読み終えた雑誌を閉じ、窓の外を振りかえる。
 どれほど経ったのかは分からないけれど、日の位置が落ちてきて、部屋も暗くなってきた。窓際の温度も下がってきたし、そろそろ彼女を起こしてやらないと。
 寒さを感じてか、もぞりと身じろいで小さく唸る彼女を、そっと揺さぶる。
「マスターちゃん」
 うー、と唸ったまま、彼女は動こうとしない。まだ眠いのだろう。疲れもたまっているだろうし、無理もない。このまま寝かせてやりたい気持ちはあるけれど、これ以上ここに居て身体を冷やしてしまっても大変だし、夜に眠れなくなってしまうから起こすことにする。
 もう一度揺さぶっても動かないので、少しだけ彼女の耳元に近付き、低めた声で告げる。
「……起きないと、キスしちゃうよ」
 その瞬間。ぱっと勢いよく跳ね起きて、壁際まで後退っていった。
 なかなか反応が速いな、なんて妙な感心をしながらタバティエールは笑った。
「はは、残念」
「あ、その、嫌なわけじゃ、ないんだけど」
 暗くなってきた部屋でも分かるほどに顔を赤くして、しどろもどろになりながら彼女は唸る。
「……起きなきゃ良かったかな」
 起きていると分かっていたから言ったのに。なんだかおかしくて、彼女の顎に触れて上向かせて、そっと唇を塞いだ。
「目、覚めた?」
「うん……」
 見上げてくる彼女が可愛らしくて、もう一度、今度はもう少し長く唇を重ねる。
 触れる柔らかな感触が心地よくて、このままもっと味わっていたくなるけれど、流石にそういうわけにもいかない。
 近い距離で笑い合って、それからそっと身体を離す。
 そろそろ食堂の手伝いをしなければ。ブランケットは彼女が畳んでいたから、雑誌を元の場所に戻しておく。
「ありがとう、タバティエール」
 笑顔でそう告げて去って行く彼女を見送り、自分も後を追って歩き出した。部屋を出る前にもう一度、窓に目を向ける。

 外は夕陽の色に染まって、陽だまりのあった場所はもう消えている。少し寂しい気もするけれど、胸の中に残るこのあたたかさは、確かにあった二人だけの秘密だ。

 2019/02/22公開

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