ハロウィンパーティー当日の夜、貴銃士達のマスターである少女の私室。建物の奥にあるこの部屋に、人目を避けるようにして転がり込む影が二つ。
 明かりをつけて扉の鍵を掛け、部屋の主である少女は小さく溜め息をつく。道中誰かに見つからないかと、冷や冷やしていたのだ。そして隣にいる青年も同じくほっとした表情をしていた。彼――貴銃士の一人、タバティエールとは恋人になってしばらく経つけれど、二人の関係は周囲に隠し続けている。何人かは薄ら気付いているようだけれど、色々とあってまだ公言するのは憚られるのだ。
 なので、同じ基地内で生活していても、二人きりになれる時間というのは案外少ない。今日だってハロウィンで仮装までしているというのに、ゆっくりと互いの姿を見ることもなかった。だから少しの間だけでもいい、今日限りの特別な時間を一緒に過ごしたい。と、まだパーティは続いている中、抜け出してきたのだった。
「タバティエールも仮装するとは思わなかったよ」
「仲間が用意してくれたからなぁ」
 彼が着ているのは白衣と眼鏡のドクターの衣装だ。包帯が巻かれていたり血のようなペイントがされている。スプリングフィールドかケンタッキーが選んだのだろう。白衣自体は見慣れたものだが、仮装とはいえ彼が着ているのは初めて見たし、何より眼鏡をかけているのは新鮮だし、よく似合っていて素敵だと思う。
「でもさぁ、普段飲んでる奴らには胡散臭いだのエロいだの散々言われたよ、酷くね?」
 紳士だろ俺! と八割くらいは本気で言ってそうだし実際彼の内面はそういうところもあるけれど。
「あー……」
「あー、って何!」
 改めて彼の顔を見ると、言われたことに納得してしまうというか。一度聞くとそうとしか見えないというか。けれど不服そうな彼に追い打ちをかけるのも可哀想なので、それ以上は言わなかった。
「大丈夫似合ってるよ! 診察されたい~って言ってる女の子もいたし」
「えぇー?」
 それがどういう意味なのかまでは、いまいち判断がつきかねる。単純に言葉通りの意味なのか、それとももっと……。でも彼が、彼自身が思うよりずっと女性に好かれているのは確かだ。それを伝えるのも少々癪なので黙っているが。
「マスターちゃんは~?」
 冗談めかして訊かれ、しばし考える。けれど。
「自分は診察する側だし……」
「あぁ、うん。そうだねぇ」
 彼は気を悪くした風でもなく、クスクスと笑っている。
「マスターちゃんの衣装も良いよね。よく似合ってる。可愛いよ」
「ありがと。そういって貰えると嬉しい」
 ケンタッキーが選んできた衣装は魔女だった。正確に言うと『魔女っ子』とでもいうのか、黒いワンピースの下はミニスカートで、ニーハイソックスとブーツがセットになっていた。
「でも、俺はいつも気が気じゃないよ」
 しかもその衣装スカート短いし。なんてぼやく。
「私が好きなのは、貴方だけだよ?」
「いやいや、マスターちゃんにその気がなくても、騎士の振りした狼なんていっぱいいるからな?」
「……タバティエールも?」
「まぁ、それを言われちゃうと、否定はできねえがな」
 タバティエールの両手が少女の頬に触れる。額が触れるほどの距離で優しく笑むと、そっと口付けられた。ほんのわずか、柔らかく重ねられたあとすぐに離れていく。
「貴方になら、このまま食べられてもいいんだけど」
「いやいや、そんな長い時間抜けてられないでしょ」
「みんな盛り上がってたし、誰も見てないと思うよ?」
「あんまり煽んないでよマスターちゃん」
 そう言って苦笑するタバティエールの首に、腕を回して引き寄せる。
「いいじゃない。たまには誘惑されてよ、ドクター」
 まだ離れたくない。もっと恋人としての時間を過ごしたい。その勢いでこんなことをしてはみたが。
 少しは驚いたのだろうか、じっと見つめてくる眼鏡越しの青い瞳に、今になって羞恥心が込み上げてきた。やけに長く感じる沈黙に耐えきれなくなって、少女は顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「マスターちゃんて時々妙に大胆だよねぇ」
 流石に自分から誘うような真似ははしたなかっただろうか。いや、そもそもはそんな目的で部屋に来たわけじゃないのに、呆れただろうか。今更不安になっていると、ふ、と笑うのが聞こえた。
「っていうか、俺は最初から、君に魅了されてるよ」
 悪戯っぽく笑む表情とは裏腹に、甘く低く熱を帯びた声。それだけで鼓動がうるさいくらい跳ね上がる。
 タバティエールは片手で眼鏡を外すと、もう片方の腕で腰を抱き寄せてきた。
 再び重ねられた唇。今度は優しいだけのキスではなくて。
 徐々に深くなる口付けと抱き寄せる腕の力強さに、少女は目を閉じ身を委ねていった。

 2018/10/29公開

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