ザァ、と水の音ばかりが響く。温かい湯を頭からかけられて、きつく目を閉じた。
「熱くない?」
「うん……」
 掛けられた声に、ただ頷く。
 なんで、こんなことになったんだっけ。濡れた髪が重く肌にまとわりつくのを感じながら、ただぼんやりと発端の夜のことを思い返していた。

 

 メディックであり、貴銃士達を呼び起こしたマスターとしてレジスタンスで働く自分は、衛生室で薬や包帯などの備品の片付けをしていた。貴銃士の一人であるシャスポーが手伝いを申し出てくれて、二人で作業を進める。
「ごめんね私の仕事まで手伝ってもらって。いつもありがとう」
「僕が好きでしていることだから。マスターの役に立てるのなら嬉しいよ」
 そうして優しい言葉を掛けてくれる彼とは、色々とあったのだけれど今は仲間というだけでなく恋人でもあって。以前にも増して尽くしてくれることが増えたが、自分ばかり甘やかされているのはどこか気が引けた。
「シャスポーは、私に何かしてほしいこととか、ないの?」
「僕は君のそばにいられるだけで、充分幸せだよ」
 肩を引き寄せられ、彼の長い指が自分の髪を梳いていく。
「でも、そうだね……一つだけ」
「なぁに?」
「その髪を僕に手入れさせて欲しいな」
 髪。言葉を反芻して、視線を泳がせる。視界に入る白金色の毛束の先をきゅっと握りしめた。半端に伸びてぼさぼさで、だいぶ傷んでしまっている。その自覚はある。けれど、大嫌いなこの髪をどうにかしようとも思えないまま、ずっと放ってしまっていた。
 前髪は目を覆うほど伸びているし、横と後ろは雑多に二つに括って肩に流している。そんな状態で眼鏡を掛けているものだから、きっと地味に映るのだろうと思う。
 きっと自分の外見があまりにもみすぼらしいと、見るに見かねたのだろう。彼は整った顔立ちで体格もよく、街に出ても人目を惹く存在だった。眉目秀麗、というのだろう。なのに隣にいる自分はあまりにも釣り合わない。そう思えば胸が痛む。
「……嫌、かな?」
 なぜか寂しそうな瞳は、なんだか捨てられた子犬のような哀れみを帯びて見えて、言葉に詰まった。
「いやじゃ、ないけど」
 そう? と穏やかに微笑んだ彼の顔はやっぱりとても綺麗で、とくんと心臓が跳ねる。マスターは俯いて視線を逸らすと、そっと手を握られた。
「じゃぁ、約束」
 これはもしかして、上手くのせられたのでは。そう思いはしたけれど今更撤回するのもためらわれて、数日後こうして二人で外泊することになったのだった。

 

 近くの街のホテルで、二人きりで外泊。恋仲になってからしばらく経つし、それは初めてのことではないのだけど。今回は妙に緊張していた。
 持ち込んだ水着に着替えてバスルームに入る。シャスポーは基地にいる時のような軽装の、シャツの腕をまくっただけの格好だ。
 椅子に座らされ、シャワーの湯をかけられる。シャスポーはマスターの濡れた髪を一度手で梳いて、それから持ち込んだシャンプーを手のひらに出した。泡立てて、マッサージをするように丁寧に髪を洗っていく。彼の指が肌に触れるのは気恥ずかしさもあったけれど、髪を洗われるのは心地よかった。誰かに髪を洗われるなんて子供の頃以来だ。甘く広がる香りは薔薇。自分の好きな香りだった。
「流すね」
 大きな手で髪を梳きながら泡をシャワーで流していく。長い前髪を横に避けられて、反射的に目を逸らした。
 普段は髪と眼鏡で覆われた目元が露わになることに抵抗があった。
 シャスポーは何も言わずに、二つ目のボトルを手にとった。ふわりと広がる香りは同じく薔薇のもの。シャスポーは、髪の先の方までたっぷりと染み渡らせるようにトリートメント剤をつけていく。
 時間を置く間、マスターは俯いたまま彼に問いかけた。
「……シャスポーは、どうして、私にここまでしてくれるの?」
 彼は屈み込んで視線を合わせ、はっきりと答える。
「君が大切だからだよ」
 真っ直ぐに見据える瞳、真摯な声。彼が自分を大切にしてくれているのは、痛いほど伝わる。
 再び湯で洗い流されると、さっきまでとは全然違って、髪がしっとりと艶を帯びているのが分かった。
 シャスポーが手櫛で髪を梳き、満足気に微笑んだ。
「ほら、サラサラになった。使い続けていればもっと綺麗になると思うよ」
「う、うん……」
 毛先に触れただけでも手触りが違っていた。これだけでかなり変わるのに驚いたし、無頓着すぎた自分が少し恥ずかしくなる。
「ねぇマスター、僕は君が好きだよ」
 前髪を掻き上げ、額に口付けられる。マスターの頬が朱に染まった。
「君の肌も、髪も、瞳の色も。誰よりも美しいと思うし、愛しい」
 透けるように真っ白な肌。白金色の髪。金に近い薄い琥珀の瞳。両親とも、他の誰とも違う色。悩み、辛い思いもしてきた。関係なく愛してくれた両親を亡くして、それからはずっと一人だった。
「だから、自分で嫌わないで」
 奇異の目で見られることは幾度となくあったけれど、こんな風に言ってくれる人は他にいなかった。いや、レジスタンスの面々や他の貴銃士達が、自分の容姿を悪く言ってくることは決してなかったけれど、こうして愛してくれたのは彼が、初めてだった。
 恥ずかしくて顔が見られない。火が出そうなほど熱く感じる。きっと、耳まで真っ赤になっているだろう。
「その、ありがとう」
「……そんな顔しないで、マスター」
 困ったように告げる声に、顔をあげ、ぱちりと目を瞬かせる。
 包み込むように頬に触れられ、それから唇を塞がれた。二度、三度と、触れるだけのキスをされる。
 は、と小さく吐息を零すと、シャスポーはそっと頬を撫でてきた。
「本当に、そんなつもりじゃなかったのだけど」
 珍しく視線を泳がせる彼に、首を傾げる。顎を持ち上げられ、視線が絡む。
「このまま、続けても、いいかな」
 熱っぽく告げられた言葉に、鼓動が煩いくらいに鳴り始めた。
 ……二人きりで、泊まりで、名目はなんであれバスルームで二人きりで、なんて。
 最初からその覚悟はしていたのだけれど、改めて訊かれると、羞恥に飲み込まれる。
「……その」
 つい、言い淀んでしまうけれど。答えは始めから、一つしかない。
「はい……」
 マスターは目を閉じ、シャスポーの肩に腕を回した。

 

 シャスポーのキスはいつだって優しい。艶めいて形の良い唇が、自分のそれと重なる。甘く柔らかな口付けは、それだけで彼の愛情を感じられて胸が満たされた。
 ただ、今はもうそれだけでは終わらなくて。薄く開いた唇を割って舌が入り込んでくる。口腔内を隅々まで味わうように歯列をたどり、上あごから舌の裏まで余すところなく熱い舌が這わされていった。
「んぅ……」
 上手く息が継げなくて身をよじると、逃がすまいとするように頭を押さえられる。ますます深く舌を絡められて、息が止まりそうだった。
「ふ、う……」
 震える手で、シャスポーのシャツをきゅっと握りしめる。激しい口付けにめまいがする。溺れてしまいそうだ、と思った。
 一瞬唇が離れ、終わったのかと彼を見上げた。ぼんやりする視界は眼鏡を外しているせいだけでなく、うっすらと浮かんだ涙のせいだろう。酸素を取り込もうと胸が激しく上下する。混ざり合いどちらのものとも分からない唾液がつぅ、と口の端を伝い落ちた。
「マスター、ちゃんと、呼吸して」
 それだけを告げて、また唇をふさがれた。
 激しいキスには、どうにもまだ慣れない。だって彼は初めての恋人で、キスの仕方だって自分は今まで知らなかったのだ。いや、今でもどうしていいのかよく分からないのだけれど。
 されるがまま、ただ彼の口付けを受け入れる。こんなにも強く求められることを嬉しいと思ってしまう。彼の口付けは甘い快感をもたらして、身体の奥をじんと痺れさせていく。
 シャツをつかんでいた手を離し、彼の背中に腕を回すと、応えるように髪を撫でられた。
 どれだけそうしていたのか分からない。思考がとろかされて身体の力が抜けていく。ようやく解放された時には、マスターはぐったりとシャスポーの肩に沈み込んでいた。
 浅い呼吸を繰り返し、息を整えていると、その間に彼は水着の上を脱がせてしまった。柔らかな膨らみが露わにされて、マスターは身を竦める。
「あ……」
 こんなに明るい場所でなんて、いくらなんでも恥ずかしい。隠そうとするより早く、マスターの腕はシャスポーの手に押さえられる。首筋、鎖骨とキスを落として、胸元をちゅ、と音を立てて吸い上げられた。白い素肌に赤く痕を刻み、彼は満足気に目を細める。
「マスターは色白だから、よく映えるね」
 シャスポーは指先で痕をなぞり、恍惚と笑んだ。
「身体中につけたいくらい」
 そう言って近くにもう一つ痕を増やす。
「っ、シャスポー」
 ためらいがちに声を上げると、軽いキスを肌に落としてからシャスポーは顔を上げた。
「これくらいにしておくよ、今は」
 そのうち本当に身体中につけるつもりなのだろうか。嫌ではないけれど、考えただけで羞恥がこみ上げてくる。
「それよりも」
「ひゃっ!」
 露わになっていた胸を直接掴まれ、マスターは思わず声をあげた。
「ごめん、痛かった?」
 痛かったわけではない。ただ驚いただけだ。それを伝えると安心したように彼の手がそこを弄び始める。
 彼の長い指が触れる度に、柔らかく形を変える。先端を指先でこねられ爪で弾かれて、ぞくぞくと背筋が震えた。
「あ、ぅ」
「口の方がいい?」
「そん……なの……」
 聞かないでほしかった。だって言えるわけがない。シャスポーにされるのなら、なんだって気持ちいいなんて。そんなねだるようなことを告げるのは自分がはしたないように思えて、いやいやをするように首を振った。
「嫌?」
「そうじゃ、なくて」
 硬く反応を示すそこを舌で転がされ、甘く食まれる。指と舌とで愛撫されているうちに、じんと下腹部が熱くなっていく。
「マスターはどっちの方が好き?」
 手の動きは止めないまま、問いかけてくる。本当は分かっていて言わせようとしているんじゃないか。答えの代わりに不満を込めて見下ろすと、彼は意に介した様子もなく、胸を弄ぶ手の力を強めた。
「……っ」
 身体を駆ける快感に、無意識に太腿をすり合わせる。
「も、やだ……」
 その言葉を催促と解釈したのか、シャスポーの手が下へと伸ばされた。
 水着の布越しに花芯に触れられ、びくりと身体が跳ねる。
「シャスポー、……んっ」
 腹部をたどり水着の中に手が差し入れられた。しっとりと濡れた秘所に指を滑らされ、顔が熱くなる。
「ん……マスター」
 水着の下も脱がせられて、遮る物が何もなくなってしまった。注がれる視線を感じて、居たたまれなくなってくる。
「その、恥ずかしいよ」
 シャスポーの手を掴んで止めると、シャスポーは少し不満そうな目でその手に唇を寄せた。
「私ばっかり、裸で……」
「あぁ。マスターが可愛いから、つい、夢中になっちゃった」
 手を離して立ち上がり、バスルームの扉の前に立つ。
「ちょっと待ってね」
 そう言うと手早く衣服を脱ぎ捨て、バスルームの外へと雑に放った。
「ほら、これで僕も同じ」
 普段となんら変わらない調子で告げてくるけれど、既に反応しきっている彼の下肢が視界に入り、小さく息を呑んだ。
 身体を重ねたことは何度かあるが、いつもは明かりの消えた部屋だったし彼のものをはっきりと目の当たりにしたことはなかった。しかもこんな明るい場所で。視界は多少ぼやけているし他の人なんて知らないけれど、綺麗な顔に似合わず凶悪にさえ見える。
「そんな顔しないで」
 シャスポーは屈んで目線を合わせると、硬直するマスターの身体を引き寄せた。
「愛しいマスターの可愛い姿見てたら、僕だって……ね」
 そのまま床に座ると、マスターの腰を掴んで抱き上げ、跨がらせるようにする。片腕で腰を抱いたまま、もう片方の手が秘裂へと触れた。
「あっ」
 入り口をさらりと撫で、少しずつ指が沈められる。彼の指に内壁を押し開かれ、奥まで難なく飲み込まされた。そのままゆるゆると動かされ、狭い内を拡げられる。
「あ、ぁ……」
 指を動かされる度に溢れた蜜が音を立てるのが聞こえて、耳まで犯されるようだった。耳を塞いでしまいたかったけれど、膝立ちに近い不安定な体勢では彼の肩に縋ることしかできない。
 もう一本指が増やされ、浅く深く抜き差しされる。
 恥ずかしいのに、もっと先をと身体が求めてしまう。膝が震えて、今にも崩れてしまいそうだった。
「っは……、マスター、大丈夫?」
 思いの外熱を帯びた声で、それでも気遣う言葉をかけてくれる。マスターが頷くと、よかった、と小さく呟くのが聞こえた。
 丁寧に慣らしてくれているのだろうが、散々煽られ熱を上げた身体には焦らされているようにも感じてしまう。
「シャスポー、っ、んぅ……」
 中をかきまわす指の動きが段々性急になっていく。あとからあとから溢れてくる滴が、太腿を伝い落ちていった。
「もう、いいかな」
 唐突に指が引き抜かれ、更に強く抱き寄せられる。
「マスター……」
 柔らかく解され蜜に濡れたそこに切っ先をあてがわれ、ゆっくりと沈められた。
「んぁ、あ……っ」
 狭い内を押し開いてくる剛直に、熱く内から灼かれるような錯覚。熱くて熱くて、どうにかなってしまいそうだった。
「ん……全部、はいった」
 下腹部をそっと撫でられ、内に咥えているものを強く意識してしまう。反射的に締め付けてしまい、シャスポーが小さく呻いた。
「は、……マスターの、ナカ、すごい……」
 吐息混じりの声で、うっとりと微笑む。
「とろけちゃいそう」
 そして頬に手を添えて、唇を塞がれた。
「……っ、ふ……」
 密着する素肌から伝わる温度。身も心も深く繋がれて、混ざり合い溶けていくような心地がする。
「す、き」
 口付けの合間、自然と溢れた言葉に、シャスポーは砂糖菓子のような甘く柔らかな笑顔を見せた。
「僕も、大好きだよ、マスター」
 交わされる深い口付けに、ただ身をゆだねる。唇が離れると名残を惜しむように糸が伝い落ちた。
「ごめん、そろそろ限界」
 眉根を寄せ、浮かべる笑みからは少しだけ余裕を失っていて。間近で見るその綺麗な顔に目を奪われているうちに、腰を掴まれた。
「やっ……だ、め……ぁ」
 深くまで穿たれ、一瞬息が詰まる。ちかちかと明滅する視界。めまいがする。
「奥、あたっ……て」
「うん……」
 揺さぶられ、内を掻き回す熱にこのまま食い尽くされてしまいそうで、彼の奥底に隠れた衝動の強さに身体が震えた。
 けれど決して嫌じゃない。求められることが嬉しいとさえ思う。
「……っあ、やぁ、っ……!」
 自分の高い声がやけに大きく響いて耳に届く。びく、と身を竦めると、それに気をよくしたのか更に強く激しくされる。内壁を擦られ、抉られる度に濡れた音が響いていく。暴力的なまでの刺激から逃れようとするけれど、彼は離してはくれなかった。
「もっと、聞かせて」
「あ、あっ、やだ、やだぁ……」
 右手は優しく、けれど捕らえるように指を絡められた。空いた左手で口元を押さえるよりも早く、耳元に落とし込まれた言葉。
「マスターの声、聞きたい」
 ね? と吐息混じりに、甘くねだる声。せめてもの抵抗にゆるゆると首を振ってみせるが、左手は行き場を無くしておりていった。
「んぅ、ふ……ぅぅ……ん」
 声を抑えようとしても上手くいかない。
 浅く深く繰り返される抽送に腰が重く痺れていく。
「はぁ……っは、わたし、もう……」
 がくがくと脚が震えて、身体の力が入らない。それでも内にくわえ込んだものの脈動を感じてしまう。
「はっ、……僕も、イきそう」
 激しい動きに追い上げられ、あとはただ昇り詰める。快感の波にのまれて、頭が真っ白になった。
「シャス、や、ぁ……っ、あぁ……」
「ぅ、く……」
 収斂する内の最奥まで穿たれ、奥に注ぎ込まれる彼の熱。
 荒い呼吸を繰り返しながら彼の肩に身を預けると、宥めるように背を撫でられた。
「マスター」
 最後に交わされる口付けは優しく穏やかで。
 愛しいと、言葉だけじゃなく伝わってくるこの瞬間が、こんなにも幸福なものだと彼がいなければきっと知ることはなかった。
 マスターは目を閉じ、気怠い余韻に身を委ねた。

 


 温かいベッドに横たわり、現実と夢の狭間で微睡む。
「流石に疲れちゃったかな」
 シャスポーの手が何度も髪を梳いていく。そのたびに白金の髪がさらさらと指の間からこぼれ落ちた。視界の端でそれを捉えながら、ぼんやりと彼を見上げる。ふわりと漂う薔薇の香りが、いっそう心地良い。
 結局あの後、ベッドでもう一度愛し合い、風呂で身を清めて今に至る。もう日も変わってしまった。
 髪は乾かして丁寧に櫛を入れられ、ここにくる前とは見違えるような状態だった。それを気に入ったのか、シャスポーはずっとこうして髪に触れている。その手は温かくて、優しい。
「マスター、僕は世界一幸せだよ」
「……うん」
 自分も同じ気持ちだったけれど、半分眠気に支配された状態では上手く返す言葉も見つからず、ただ頷くのが精一杯だった。
 まだ眠るのは勿体ない気がする。けれど瞼は重く今にも閉じてしまいそうで。彼の温もりや匂い、自分を包むこの空気は何よりもマスターを安心させた。
 彼がふと、笑うのが分かった。
「おやすみ、マスター」
 僕の愛しい人。
 柔らかく触れた唇の感触を最後に、意識は眠りへと引き込まれていった。

 2018/12/22公開

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