食堂の外で立ち尽くしていると、再び双子に声をかけられた。
「どうしたの、マスター」
「顔、赤いよ?」
 心配そうに見上げてくる二人に、少女は何も言えず肩を竦めた。
「……ちょっとね」
 目的の物は入手したが、手の甲にとはいえ代わりにキスをされた、だなんて。
 思い出すだけでまた顔が熱を持つようだったけれど、徐々に悔しいという気持ちの方が込み上げてきた。
 逃げてきてしまったけれど、少しは見返してやりたい。
「ねぇ、ニコラ、ノエル。何かいい悪戯はない?」
「誰にするの?」
 問われ、食堂の方を指さす。それだけでこの聡い双子は誰のことか理解したようだった。
「ふーん?」
 なぜ、というのは聞かずに真剣に考え出す。
「塩と砂糖を入れ替えるとか」
「それは色んな人に迷惑かけちゃうから……」
「寝てる間にヒゲをそっちゃうとか」
「そ、そこまでは流石に」
 いくつか案を出してくるが、人に迷惑をかけずやり過ぎない程度というのは、なかなか匙加減が難しい。
 いっそキスで返す、というのも考えはしたのだが、それくらいで驚くとも思えないし、勝てる気がしないので自分で却下した。
 しばし三人で悩んだあと、思い出したようにノエルがお菓子の籠を手にした。
「あっ、じゃぁ、これは?」
 差し出されたものを見て、少女は頷いた。

 

     *****

 

 賑やかだったハロウィンももうすぐ終わる。月が明るく輝く夜空は祭の最後を飾るに相応しい。シャワー室のある建物の外、眩しいくらいの星空を見上げながらタバティエールは煙草とライターを取り出した。
 片付けやら食事やらを終え、シャワーを浴びてようやく人心地ついたところだった。シャワーの後に煙草を吸うのは、彼にとって日々の密かな楽しみの時間でもある。
 しかしケースから一本取り出して咥えたところで、違和感に気付いた。……甘い。
「あーあ、やられた」
 いつすり替えられたのか全く気付かなかった。ハロウィンは終わったと完全に油断していた。まさか、自分が悪戯を仕掛けられるとは。
 ケースの中身を確かめて見ると、手前にある何本かが煙草を模したチョコレートに変えられていた。
 犯人の予想はすぐについた。苦笑しつつ、煙草を諦めてこれを食べてしまうことにする。
「甘いなぁ」
 もう少しビターな方が好みではある。でも、疲れた身体にはこの甘さも悪くない。それに。
「……マスターちゃんみたいだ」
 そう、声に出すと、背後からガタンと大きな物音がした。次いで、パタパタと走り去る足音とそれを追いかける小さな二つの足音。
「っ、くく」
 堪えきれず、肩を震わせて笑う。予想通り、マスターちゃんと双子だろう。悪戯を仕掛けたならどこかから見ているとは思っていたが。
「まったく、可愛いもんだねぇ」
 二本目のチョコレートを手の中で弄びながら、タバティエールは耳まで赤く染めた少女の顔を思い出すのだった。

 2018/10/25公開

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