出会いは最悪だった。
 平凡な家庭に生まれながら、身に余る力を持っていた故に何もかも失ってきた俺と。
 厳しい境遇に生まれ力も何もない所から、自力であらゆる物を手にしてきたアイツと。
 正反対の二人。何の共通点もない……強いて言えば性別と、魔法職ということくらいだ。
 それが今や、こうして小さな家で、二人きりで珈琲など飲んでいるのだから、人生は何が起きるか分からない。
 そんなことを言ったらきっと、目の前で同じ珈琲を飲んでいるこのいけ好かない男は、『その歳でなに悟っちゃってんの』などとふざけて笑うのだろうが。

 一年前、カルテノー平原。
 エオルゼアの三国のグランドカンパニーが争う、特殊な空間。その特別戦区で、俺は不滅隊の一員として参戦していた。黒魔道士の装束に身を包み、やや後方から魔法の詠唱を始める。
 殺戮が趣味などというわけではないが、自らの放った魔法によって断末魔が響く度に、精神は昂揚し更に破壊の力が研ぎ澄まされていく。標的を焼き尽くし跡形も無く破壊するこの力は、嫌というほどこの身に馴染んでいた。
 とはいえ、ここは特殊戦区。何の力なのかまでは知らないが、地に伏したとて、命まで失うわけではない。最終的に戦闘状態が解除されれば、何もなかったかのように元通りになるだけだ。
 敵は自軍以外の人間……双蛇党や黒渦団に所属する冒険者達の集団。現在優勢状態にある不滅隊の拠点には、他軍が一挙に押し寄せる厳しい状態となっていた。
 恐怖し逃げ出す者もちらほら見えはしたが、気にもとめなかった。前線でナイトが必死に耐えているところに目標を定め、破壊の魔法を解き放つ。
 別に手助けしたわけではない。単に、敵が群がっていて効率がいいとの判断だ。
 天から降り注ぐ魔力の光。それは着弾と同時に広範囲を灼き尽くし、多くの敵の命を呑み込んでいく。
 それからほどなくして、終戦は告げられた。

 戦闘区域は数分前までの喧噪が嘘のように静まりかえり、どこの所属の者達もぱらぱらと帰っていく。
 次の戦闘が始まるまでは、この場は静寂に包まれているだろう。俺も人の流れに逆らわず、戦区外へと出て行く。軍からの報酬を受け取り、それからウルヴズジェイルの店をふらついた。特に目欲しい物もないが、単純に暇だったのだ。
 普段は、こんな場所で声を掛けてくる者などいない。
 しかしこの日は違っていた。
「お前が噂の破壊魔か」
 不躾な声に、ちらりと振り返る。そこに立っていたのは背の高いエレゼンの男。長い金髪と、たれ気味の青い瞳。白い肌の色からしてシェーダー族だろうか。一目で俺とは対照的な世界に生きる人種だと感じられた。
 人当たりの良さそうな笑顔。おそらく女性が放っておかないだろう容姿。人の集まりの中心にいるような、人に常に愛されているような、そんな雰囲気がある。
 何も連れていないが持っている本と衣装からして、召喚士だろう。
「アッシュ・レイヴン」
 名前を呼ばれ、俺は向き直ってそのエレゼンを見上げた。ミッドランダーにしては背も低く身体も細い俺より、だいぶ高いところにある顔を見上げる。エレゼンの中でも大きいのだろう、俺の背はこの男の肩ほどもなかった。
 なぜ名前を知っているかなど訊ねたりしない。知っている者は知っているだろう。彼の言うとおり、破壊魔などと呼ばれているのはもう随分前からだ。
「黒なのに灰(アッシュ)、ね」
「そんなの何度も言われている。だったらなんだ、このシェーダー野郎」
「それこそ聞き飽きるほど言われてるね」
 わざと喧嘩腰に言ってみたが、笑いとばして流された。
 なんなんだこの男。警戒を隠しもせず睨みつけるが、それでも気にも止めずに話しかけてくる。
「僕はイディオ。よろしく」
 訊きもしないのに勝手に名乗った名が、頭のどこかで引っかかった。奇妙な違和感。
 イディオ、イディオ……。愚者を表す言葉、だったか?
 どう考えても偽名だろう。冒険者になる時に本名でなく偽名で登録する者は珍しくもないし、認められていることだが。しかしわざわざそんな名をつけるなど、ろくでもない人物に決まっている。
 俺は無視を決め込み、踵を返した。しかしイディオと名乗ったエレゼンは俺の後をついてくる。
「そんなにつれなくしないでくれよ。僕は君のような人をずっと探していたんだ」
「そうか。俺には関係ないことだな」
「マハの力を持つ奇跡の黒魔道士さん」
「……」
「それとも、死神って呼んだらいい?」
「…………」
 散々好き勝手言ってくれやがって。少しは腹も立ったが、相手をする気も起きなかった。
 俺は無視したままテレポの詠唱を始める。去り際にあっ、と男が声をあげていたが、構うことなく別の場所へと飛んだ。

 飛んだ先はモードゥナ、雑多に冒険者が集う街だ。
 行き先なんて分からないだろうが、あまり街に留まる気にもなれずに街の外へ出た。
 古代アラグの遺物、クリスタルタワーのある方面。
 俺は静かに溜息を吐いた。さっきのエレゼンの男、一体何者だったのか。言われていた様々な呼び名は確かに全部俺につけられているらしいものだ。破壊魔やら死神やらはともかく、マハの力のことは、一部のギルドマスターと不滅隊の上層くらいしか知らないはずなのによくもまぁ調べ上げたものだ。どんな伝手かは知らないが、感心する。

 マハの力―以前どこかの占い師が言っていたが、俺の持つエーテルは遙か昔に滅んだマハの黒魔道士の……それも、相当上位のものだそうだ。肉体が死によって滅び、魂がエーテル界へ帰った後もその強大な力を残したまま、新たな器に転生……要は生まれ変わったのが俺だ、ということらしい。そんなことがあるのか、と疑問に思ったが現にこの力は生まれ持ったものだし、呪術士の術も馴染んではいたが、黒魔道士となった瞬間に事実だろうと理解した。
 初めて触れたはずの術が、あまりにもこの手に馴染みすぎていた。
 まさに破壊の権化、と呪術ギルドでは喜ばれていたが、それは正直、俺にとっては嬉しくもなんともないことで。
 以来俺は呪術ギルドと所属する不滅隊にとっての監視対象となった。まぁ、それは名目上で、特に問題を起こさない限りは一般の冒険者となんら代わりのない待遇だが。特別なところは、錬金術ギルドのマスターから、魔力を一定時間抑える薬を支給されることくらいだ。他の冒険者とどこかへ行く時には、これを飲むことが条件付けられた。
 普通は魔力を上げる薬を求めるもので、こんな物が必要なのは俺くらいらしく貴重な資料だと奴も喜んでいたようだ。まぁ、不滅隊の方で代金は出してくれているから、懐は痛まないが。
 ぼんやりとモードゥナの平原をチョコボで走っていると、遠くから子供の悲鳴が聞こえた。
 何事かと思ってあたりを見回せば、蛇のような魔物に、小さな女の子が襲われている。
 俺はチョコボから飛び降りて、杖を振るった。詠唱を省略し、少女に当たらないように慎重に狙いを定める。
 杖から生み出された炎は魔物に直撃し、爆音と共に火炎が上がった。音と火に驚いたのか、少女は身を竦めていたが、火の粉が少女に降りかかる前に魔物を燃やし尽くして炎は消えた。
「こんな所で遊んでないでさっさと家に帰れ、ガキ」
 俺はそれだけ言い捨てると、再びチョコボに乗って走りだそうとする。しかし。
「お、おにいちゃん!」
 あまりの大きな声に、思わず俺は振り返った。少女はにこにこと俺に手を振っている。
「たすけてくれて、ありがとう」
「あぁ」
 分かったからさっさと行け、と追い払うようにしてみせると、少女は頷いて、パタパタと街の方へ走っていった。街まではすぐだ、あとは大丈夫だろう。とりあえず無事に助け出せて、内心ほっとする。
「子供を助ける、か。君は案外お人好しなんだね」
 改めてチョコボを走らせようとした瞬間、今度は正面から聞こえた声に、げんなりした。
「……鬱陶しいシェーダー野郎のせいで苛ついてただけだ」
 嫌みを言ってやると、イディオと名乗ったエレゼンは心底愉しそうに告げた。
「赤子の手をひねるより簡単に魔物を始末するなんてね」
「お前も一緒に始末してやろうか」
 もちろんただの脅しだ。特別戦区でもない場所でそんなことをしたら、問題になってしまう。
 凄んで見せたが、彼は相変わらず笑うだけだった。
「それもまたいいかもしれないね」
 返された言葉に、俺は耳を疑った。何を言ってるんだこいつは。ただその笑顔の奥に、ほの暗いものが見えて戦慄する。
「冗談だよ」
 口ではそういうが、全くの冗談でもなかっただろう。しかしそれ以上追及はしなかった。
「何故ここにいると分かった」
「勘、というか消去法かな。人の多い三国には行かないだろうし、極寒のクルザス地方にその格好で行くとも思えない。その点ここなら、冒険者やら移民やら入り乱れてるから、他人のことなんていちいち気にしないだろうしね」
 俺は言葉を詰まらせた。理由はそのまま、この男の言うとおりだったからだ。

 俺は小さい頃から、体内のエーテルの力が異常に強かった。普段はなんてことはないが、何かをきっかけに制御できなくなってしまえば、妖異を引き寄せてしまうことも多々あった。
 妖異にとってこのエーテルは、どうやら極上の餌らしい。それを知ったのは冒険者になってからだが、それまでの十五年は苦痛でしかなかった。
 仲良く遊んでくれていた友達も、一度妖異の姿を見れば……それが、俺のせいで現れたものだとなれば、二度と関わるなと絶縁される。
 それでも両親が味方してくれたうちは良かった。呪術師の父と巴術師の母は『あなたは力が強いから、ちゃんと制御できるようにしましょうね』と俺に言い、そのための訓練もしてきた。
 けれど、ある時……力を暴走させ、また妖異を呼んでしまった。
 そして最悪なことに、近くにいた父と妹が重傷を負ってしまった。そして妹は、一命は取り留めたがずっと眠り続けている。七年もの間、ずっと。そうして母も……俺のことを見限った。
 いっそ死んでしまいたい、と思いもした。けれど、なんとかして妹を助けたかった。そのために、幻術ギルドへと行ったのだが、角尊のエ・スミ様は一目で俺の持つ異質な力に気付いたようだった。
 幻術ギルドに所属することは認められた。けれど、精霊とこの力は極端に相性が悪いようだった。この力に精霊達は脅え、術を行使することは可能だけれど不和が生じる。エーテル酔いのような感覚は力を行使するほど激しくなり、しまいには身体が震えて吐いた。
 そんな俺を見て、エ・スミ様はそれ以上の修練を許可しなかった。これもまた異例の措置だそうだが、それは当時十六にもならなかった俺の身を心配して、だったのだろう。代わる癒しの術として巴術の道も勧められたが、俺は自分の力を確かめるべく、呪術ギルドの扉を叩いた。……それから、今まで呪術士、そして黒魔道士として生きてきた。
 何度か他の冒険者と関わりをもってもみたが、いい結果にはならなかった。故に、死神と呼ばれる俺に関わる者も、ほとんどいなくなったのだ。

「何が目的だお前」
 どうせろくでもない理由、なのだろう。俺の力を知って利用しようとする者だとか、研究対象にしようとするだとか、これまでもなかったわけではない。
 ただ……そういった輩は運悪く―俺にとっては運良く、なのかもしれないが―力に引き寄せられた妖異の犠牲となっていったのだが。
「それは勿論、君の力だよ」
「はっ、そう言った奴らがどうなったか、知らないのか?」
「勿論知っているよ。死んだ者、死なないまでも二度と全うな生活を送れないほどの傷を負った者。腕の一本程度で済んだ人なんかは、まだマシな方だっけ?」
「そこまで知ってるのに何故!」
 思わず叫ぶ俺に、顔色一つ変えずに奴は言い放った。
「それだけのリスクを犯してでも力が欲しいから、としか言えないね」
「過度な力を追い求めたところで、行き着く先は破滅しかない」
 言いながら、言いようのない無力感に襲われる。
「力に呑まれて死ぬのがオチだ。こんな力、不幸にしかならない」
 自分は生き延びてきた。多大な犠牲を払いながら、生き延びてきて、しまった。
 死ぬことも何度も考えた。けれど……これでも、命がけで救ってくれた人も、中にはいたのだ。だからこうして孤独でも生き続けている。その人の死を無駄にしないよう、それだけの理由で。
 だからってもう、二度はみたくないのだ。そんな光景。だから誰とも関わらず、何も巻き込まず力を振るい、生きていける特別戦区で戦い続けているというのに。
「それもまた、本望さ」
 淡々と、イディオは告げる。本当に、何を考えているのか分からない。
 ただ、この言葉が本心なのだろう、ということは分かった。
「なぁアッシュ。孤独だろう、つらいのだろう? その歳で破壊の力を振りまきながら、ずっと一人で生きてきたんだ」
「……」
「だったら僕に賭けてみなよ。僕が覆してあげよう。僕はそう簡単に死んでやるつもりはないからね。せっかくこれから愉しめそうなのに」
 この男は危険だ、とどこかで警鐘が鳴り響く。あまりにも馬鹿げた、愚者の演説だ。それなのに、どうしてか聞き入ってしまう。
 声か、言葉か、それとも生来のものか。人の心を引きつけるだけの何かが、確かにこの男にはある。
「だから僕についておいで。悪いようにはしない。悪事を働かせることもしない。強大な力の、その行く末を僕に見せてよ」
 それは甘く危険な……人を唆す、妖異の甘言にも似ていた。
「だったら、やってみろ」
 魔力では勝てる。万一不穏な動きを見せた場合は、すぐにでも息の根を止められる自信があった。
 これが果たして光明か、罠か。目の前の愚者に惑わされたとしか思えないが、それでももう一度だけ、賭けてみたくなったのだ。
「これで僕達は同士だ。歓迎するよ、アッシュ・レイヴン」
 恭しく、妙に芝居がかった動作で俺の手をとり、甲に口付ける。
「お前が死んだら、俺が葬ってやるよ」
「上等」
 そうして俺は、彼の持つ海都の個人宅へと招かれ、熱い珈琲を振る舞われたのだった。

 2017/07/02公開

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