あぁ、まいったな。思わず眉間にしわが寄る。
 ガレキ島にある、寝室代わりのボロボロなアパートの一室。今晩同室の相手、義手と義足をつけた少女サチカは、当然ボクの思いなんて知りもしないのだろう。上機嫌で鼻歌なんて歌っていた。
「今日はいーっぱい素材とれたね~」
「そうだね、明日の朝食は期待できそうだ」
 平静を装って答える。
 彼女に背を向けて着替えていると、勢いよくベッドに飛び込んだのが音で分かった。
 やれやれ、この調子で一晩か。正直気が重い。今までなんとか避けてきたというのに、今日はそうもいかなかった。

「え、ボクとサチカが同室?」
 日暮クンに告げられた部屋割りに思わず困惑の言葉を返す。怪訝そうな視線が集まり、まずい、と内心冷や汗をかいた。
「いやぁ、ボクが隣で寝て、サチカのこと潰しちゃったらと思うと……」
「一葉センセー、寝相悪くないし大丈夫だろ。オレが子供のときも潰されなかったし」
 すかさず三花締クンがフォローを入れてくる。それは彼の優しさだと分かってはいるけれど。
「うーん、君たちはどうにでもなるけどサチカはねぇ」
「ちょ、扱いひどくね!?」
「マモルは、サチカと一緒に寝るの、嫌?」
 おずおずと、サチカがボクを見上げてきた。そんなに悲しそうな顔をされると、やっぱり胸は痛む。
「あぁサチカ、もちろん嫌なわけじゃないんだよ。ただサチカは義手と義足があるから、もしボクの重さで壊しちゃったら大変だろう? どうも気になってね」
「大丈夫だよー! 壊れても、直せばいいんだし」
 キラキラとした目で言い切られては、それ以上反論もできなかった。あまり拒否し続けるのも不審に思われる。
「そうか、それじゃぁ、よろしく頼むよ」

 ……そうして、今に至る。
 寝間着なんてものはないから、寝る時は下着姿だ。みんなそうしているのでもう今更特に気にもしないが。狭いベッドの中では、どうしても身を寄せ合う羽目になる。
「マモルはあったかいね。なんだか安心する」
 胸にすり寄ってくるサチカの無邪気な声。インクの染みのように、もやもやとした感情が広がっていく。無意識に険しくなっていた表情を慌てて崩す。みんなの一葉マモル先生は、こんな顔はしない。あぁでも、どうせ今は見えはしないか。
 答える代わりに頭を撫でてやると、くすぐったそうにサチカは笑った。
 あたたかい、というならサチカの方が余程あたたかい。子供だからだろうか。
 このぬくもりは、ボクの失くした愛によく似ていて。懐かしくて、胸が締め付けられるように苦しい。
「安心したら、ねむく、なってきちゃった」
「疲れただろう? ゆっくりおやすみ」
「うー、マモルともっと、お話したかった、のに」
「またいつでも話せるさ」
 あやすように声を掛けながら髪を撫で続ける。ふにゃふにゃとした声が寝息に変わるまで、そう時間はかからなかった。
 髪を撫でる手を止めて、彼女の背中に回す。
 ……あぁ本当に、嫌というほど、よく似ている。
 目を閉じていれば、疲れた体はほどなく眠りに引き込まれた。
 そしてその日。夢を見た。

「……」
 もう夢なんて長いこと見ていなかったのに。目元を濡らす感触に気づき、手で顔を覆った。肺にたまった重い空気を吐き出して、乱暴に手の甲で拭う。
「マモルどうしたの!? 怖い夢でもみたの? それとも、お腹いたい?」
 涙に気づいたのか、サチカが心配そうにのぞき込んでくる。もうすっかり朝になっていたようだ。彼女は身支度も終えていた。
「……いや、逆だよ」
「逆?」
 手を伸ばし、なだめるようにサチカはボクの頭を撫でてくる。こういう所が、本当に子供らしい。
「大事な……大事な人の夢だ」
 ボクの唯一の愛。ボクの人生で一番幸せだった頃の記憶。
 理不尽に奪われてしまった、大切なもの。
「サチカ、先にみんなの所へ行っててくれ。ボクは顔を洗ってから行くよ」
「う、うん」
 まだ心配そうなサチカに、作り笑いを浮かべてみせる。
「そんな顔しなくても大丈夫だ。だからみんなには、内緒にしといてくれないか」
「わかった、約束する」
 やっと安心したのか、彼女は部屋を出ていった。
 それを見送って体を起こし、自分も身支度を調える。感傷なんてとうに捨てたと思っていたのに。思い出したのも、似ているからだ、きっと。
 今日もまた、生と死の隣り合わせのサバイバル。
 誰にも聞こえない小さな声で、最愛のその名を呼んで、一度深呼吸した。
 ――さぁ始めよう、『  』を。

 2019/06/20公開

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