「何か欲しいものはあるか?」
三月に入った頃、王都警護隊の仕事を終えての王都城からの帰り。
唐突に問われグラディオラスは目を瞬かせた。
問いかけた張本人―同じく王都警護隊の同僚であり、役割は違えど共に王子付きという同士であり、親友であり恋人でもあるという並べ立てると不思議な関係の青年は、伺うようにじっとこちらを見上げている。
彼、イグニスの眼鏡のレンズ越しに見える緑色の瞳が、はっきりと自分を映しだしていた。
「もしくは、行きたい所とか」
続けられた言葉に、あぁ、と納得した。来月、四月二日が自分の誕生日だからその話をしているのだ、ということにようやく思い至る。
恋人としては数年だが、友人としての付き合いは相当長い。相手の好みなど知ってはいても、毎度贈り物となると頭を悩ませるのは確かだ。
サプライズで、などと何度もやるのは難しいし、お互い分かっているのならはっきりと聞いてしまった方が早い。
「そうだなぁ」
しばし、グラディオラスは考える。今特別に欲しいものは思い当たらない。というか、欲しいと思ったらある程度のものはすぐ手に入れられるし、プレゼントにできるようなものとなると悩む。
今まではどうだったかと過去にもらった物を思い返してみる。服やアクセサリーはお互い贈ったことがある。あとは財布も貰ったか。これはまだ大事に使っている。
ものじゃないなら行きたい場所はどうだろうか。
レストランに行くくらいならイグニスの手料理の方が食べたい。大体、そこらの店のシェフよりよっぽど腕がいいのだ。王都城で働くシェフに色々アドバイスを貰ったりもしているらしいから、それも一つの要因だろうが。
良いホテルに泊まるのは、去年のイグニスの誕生日にやった。これも悪くはなかったが……。
「うーん」
あれやこれやと浮かべてみるが、なかなかしっくりこない。イグニスが自分の為に選んでくれた物ならばなんだって嬉しいし、なにより一番欲しいものは一緒に過ごせる時間で、本当はそれだけで十分なのだが。それを言ったところで納得する性格でもないだろう。それは前提として他にも何か、と自分も考えるだろうから。
「浮かばないなら今すぐじゃなくていい」
思いの外悩んでいたせいか、イグニスがフォローの一言を入れてきた。
「あー、考えとく」
「そうしてくれ」
そのあとはすぐに話題が変わり、他愛ない雑談をしながら帰路についた。
家に戻って夕食を食べ、日課の筋トレもして風呂を済ませた。
その間も色々考えを巡らせていたが、やはりこれといった案は出てこなかった。
学生の頃から女性経験はそれなりに豊富だし、プレゼントも何度も贈ったり贈られたりしてきたが、女性相手ともまた違う。学生の頃は手軽に買える程度の何かを気楽にねだったりできたものだが。
毎度それなりに良質な物を貰ったり、渡したりしているだけに慎重にもなる。これだけ長く付き合ったのは彼が初めてなのだ。今までが全部遊びだった、とは言わないけれど、今までの誰よりも大事な相手だとは感じている。だからこそ、些細なことでも頭を悩ませるのだ。
ちなみに先月のイグニスの誕生日には、彼が一度行ってみたいと言っていたレストランで食事をし、キーケースを贈った。
欲しいもの。行きたい場所。言われた言葉をもう一度反芻する。
やっぱり、ものにはあまり拘りはない。二人きりで、イグニスの手料理を楽しんで、あとは濃密な夜でも過ごせればそれが一番だ。
……やっぱりどっかホテルでもとって、いつもしないようなコトして貰ったりとか。なんて言ったら怒るかな。いや、でも……。
と、淫らな妄想に足を踏み入れかけた時、自分の机の上に伏せられていた雑誌が目に入った。
それは愛読しているアウトドア関係の雑誌で、読みかけて置いてあったものだ。
「あ」
妄想もどこへやら、グラディオラスは思わず声をあげていた。
どうして思いつかなかったのか。行きたいとずっと考えていたのに。確かに『誕生日』というイベントとは結びつかないかもしれないが。
車で移動して一泊くらいなら行ける場所もそれなりにある。
四月ではまだ夜は寒いかもしれないが、天気が良ければ綺麗な星空は見えるだろう。ロケーションとしては悪くない。二人で泊まれる程度のキャンプ道具は一式持っている。もし天候が悪いようならば直前に予定を変えてもいい。
車で行けそうな距離にあるキャンプ場をいくつか洗い出してみる。候補を絞り込んで、明日会った時に打診してみればいい。
きっと断らないだろうという確信はしていた。もし誕生日当日に都合がつかないようでも、近くの日をあけてくれるくらいはするだろう、と。
想像するだけで楽しみだ。逸る気持ちを抑えながら、グラディオラスはベッドに入った。
翌日、王都警護隊の仕事の合間。
「なぁイグニス、昨日の件だけどよ」
今度はグラディオラスの方から話を切り出した。イグニスが期待の眼差しを向けてきた所で、グラディオラスは笑顔で言い放った。
「キャンプはどうだ」
予想外の意見だったのか、イグニスの表情にはわずかに驚きの色が見えた。
「二人でか?」
「ダメか?」
質問に質問で返すと、イグニスはふと口元を緩めた。
「分かった、あけておこう」
了承を得て、グラディオラスは思わずガッツポーズをする。
「夕飯は串焼きな」
「あぁ」
それから二人でキャンプの計画を立て始めるのだった。
目的地、経路、事前に用意するもの、当日用意するもの。待ち合わせの時間と帰路。仕事の合間に少しずつ時間をかけて、二人で計画を立てていくのは楽しかった。童心に返ったような気分だ。
誕生日の当日、四月二日の早朝に出て、一泊して翌日の午後には戻る。
雨の場合に行く場所の候補も決めたが、グラディオラスには天気予報を見るまでもなく、晴れるという予感があった。まったく根拠のない勘であったが、それは見事に的中するのだった。
*****
そして四月二日、当日。まだ夜と朝の境にあり、グラデーションを描く空。そこは雲一つなく、空気は澄み渡っていた。
グラディオラスは早朝から外出の支度をしていた。使う車はアミシティア家のものだ。父のクレイラスに頼んだら、使用許可はすぐにおりた。トランクと後部座席を使って荷を積み込む。
これからイグニスを迎えに行って、途中で食材などを買ってからキャンプ地へ向かうのだ。
家を出る前にスマートフォンで連絡を入れる。イグニスももう起きて支度をしていただろう。数コールですぐに出た。
「おはよう」
『あぁ、おはようグラディオ。もう準備はできているぞ』
「今から家出るとこだ」
『分かった、待っている』
簡潔な会話を交わして、通話を終了した。
グラディオラスは運転席に乗り込み、ハンドルを握った。
どうにも窮屈で好きじゃないが、仕方がない。運転自体はできないわけではないのだ。途中からはイグニスが運転してくれるだろうから、それまでは自分の運転だ。
車を走らせてイグニスが住んでいるマンションへと向かう。その入り口で彼は待っていた。グラディオラスの姿に気付くと片手を上げた。
「交代するか?」
「いや、もう少し先でいい。買い物で降りるからそこで代わろうぜ」
「分かった」
イグニスが助手席に乗り込み、シートベルトを着用したのを確認すると、グラディオラスは運転を再開した。
「お前の運転は久しぶりだな」
「安心してくれていいんだぜ」
「そうだな、ノクトの運転よりは安心できるな」
その言葉にグラディオラスは苦笑する。いつもは王子付きの従者としてイグニスが運転することが多いけれど、ノクティスが運転するときには助手席か後ろで緊張した面持ちで乗っている。免許を取ったばかり、というわけでもないのだが、そう頻繁に運転するわけでもないし、どうにも不安らしい。
運転の頻度で言えばグラディオラスもいい勝負な気はするのだが、その点、自分はまだ信頼されているということか。
カーステレオからは軽快な音楽が流れている。途中で食材を買いに店に寄り、そこからはイグニスの運転だ。王都の中心から離れるにつれて建物は減り、自然が多くなっていく。
流れる景色を眺めながら、グラディオラスは久しぶりのキャンプに胸を躍らせていた。
道は順調で、予想よりも早く目的地に着いた。
この時期はキャンプにくる人もほとんどいないのか、周りに人の気配はなく、見渡す限り自然ばかりだ。
途中で買ったサンドウィッチを昼食にとり、それから二人は山道を歩き始めた。といっても険しい道ではなく、散歩道のような比較的平らな道だ。
歩いているうちに湖畔に行き当たり、グラディオラスは立ち止まった。
「ノクトがいたら、釣りしたがっただろうな」
「そうだな」
ここにいない王子の姿を思い浮かべ、顔を見合わせて笑う。
「プロンプトなら、写真を撮っているだろうな」
「あー、カメラ持ってくりゃよかったぜ」
ノクティスが高校に入ってプロンプトと一緒にいるようになってから、二人も彼と仲良くなり、四人でいることも多くなっていた。それが当たり前のようになっていたせいか、二人きりだというのに自然と彼らのことを考えてしまって、思わず苦笑いが浮かぶ。
「いつか、四人でくるのもいいかもしれないな」
イグニスは柔らかな笑みを浮かべていたが、グラディオラスの視線に気がついたのか、あわててかぶりを振った。
「……いや、お前と二人なのが不満なわけではないからな」
「分かってるって。それくらいで妬いたりしねぇよ。大体、言い出したのはオレだしな」
グラディオラスはイグニスの手を取った。
「ま、今日はデートを楽しもうぜ」
湖面は陽光にきらきらと輝いて、時折魚が跳ねるのが見えた。
それを横目に、二人は歩いていく。ひんやりとした風が頬を撫でるのが心地いい。澄んだ空気が胸に染み渡る。
ぐるりと道なりに山を歩いて、出発地点に戻った時には丁度いい頃合いだった。
車に戻って荷物をおろし、明るいうちにテントを張る支度をする。
少しは人も来るかと思いきや、二人の他に来た人はいないらしい。車が見あたらない。やはりまだ少し、キャンプをするには夜が寒いからかもしれない。
グラディオラスはテントを張り、その間にイグニスはキッチンを整える。夕食はグラディオラスのリクエスト通り、串焼きだ。
イグニスは買ってきた食材を包丁で食べやすい大きさに切っていく。終わったら串にさして、塩と胡椒で味をととのえて焼くのだ。単純だが、キャンプらしい料理だ。
切り終えた食材を串にさしていくのを、グラディオラスは横に立って見ていた。
「食べられるようなものはないぞ」
つまみ食いを咎める母親のような物言いに、思わず苦笑する。
「いいんだよ見てるだけで」
本当は抱き寄せてキスの一つもしたいところだったが、料理中に邪魔をすると本気で怒られるので大人しく見ているだけにする。
他にすることもなかった、というのも理由の一つにはあるのだが、イグニスがこうして料理をしているのを、そばで見ているのは好きだった。真剣な、でもどこか楽しそうな彼の姿は、きっと自分も含めた近しい関係の者しか知らないだろう。
あとは単純に、それぞれの食材が一つの料理になっていく過程が面白いというのもある。今日の料理はまだわかりやすいが、ものによっては材料から完成への予想がつかない。菓子なんかは特にだ。グラディオラスがあまり料理をしないせいかもしれないが、なんだか魔法のようにさえ感じる時がある。
なんて言えば、きっと彼は笑うのだろうが。
そんなことを考えているうちに、串の準備が整ったようだった。網の上に並べて、火を調節しながら時々返す。
脂がパチパチと音を立てて、食欲をそそる匂いが立ち上る。表面には程良い焦げ目が付き、中にも火が通るまで、じっくりと焼いていく。
そのできあがる過程を最後まで見ていたら、そんなに楽しみだったのかとイグニスに笑われた。
料理自体よりは料理をするイグニスの方を見ていたのだが、どうやら彼は気づいていないらしい。
串の乗った皿をよこされ、向かい合ってキャンプチェアに座った。
「誕生日おめでとう、グラディオ」
「ありがとなイグニス」
香ばしい匂いの立ち上る串焼きを手にとり、吹き冷まして噛じりついた。
「あー、やっぱ美味いな!」
「それはよかった」
何種類かの肉と野菜を組み合わせて作った串焼きはシンプルながら本当に美味しくて、種類も多く飽きることなく次々と食べてしまった。
多めに用意したと言っていたが二人であっさりたいらげた。ほとんど食べたのはグラディオラスの方だったが。
食事を終えた頃にはもうだいぶ陽も落ちていた。片づけを終えると、イグニスはテントへと入った。ほどなく出てきたが、その手には小さな箱を持っている。
「グラディオ、これを」
イグニスが渡してきたのは綺麗に包装されリボンがかけられた箱だった。
「あけていいか?」
「もちろん」
グラディオラスはリボンをほどき、箱を返して包装紙を留めてあるテープを切った。少し包みを解いた所で箱を取り出す。馴染みのブランドのロゴが刻まれた箱を開けると、中には長く艶やかな革が見えた。
「ベルトか」
「結局、欲しいものは聞けなかったからな。好みに合うと良いんだが」
「あぁ! ありがとなイグニス。帰ったら早速使わせてもらう」
黒いベルトはシンプルながら良質で、今着ている私服には合わないだろうが、王都警護隊の制服にも合いそうだった。汚してしまわないように丁寧に箱を閉め、包装紙を軽く包み直してリボンは折り畳んだ。
チェアから立ち上がり、自分を見上げるイグニスの頬に触れ、屈んでキスをする。
それからグラディオラスは一度テントの中に入って、貰った箱を大切に自分の鞄にしまい込んだ。
テントを出ると、イグニスは別の場所にいた。グラディオラスが近づくと、視線だけを向けて一言告げた。
「少し冷えてきたからな」
どうやら、湯を沸かしていたらしい。カップを二つ用意し、中にインスタントのコーヒーだろう、粉を入れた。
できあがるのを待つ間、グラディオラスは元のチェアに座って待っていた。星の位置もだいぶ変わってきた。日が変わるまではまだあるだろうが、結構長い時間こうしていたようだ。
「グラディオ」
呼ばれ、グラディオラスは顔を上げる。イグニスに湯気の立つカップを差し出され、それを受け取った。
二人並んで座り、夜空を見上げる。時折吹き抜ける風の音に混ざり、互いの立てる音が鮮明に聞こえた。
「静かだな」
喧噪から離れた、束の間の非日常。今は周りに人もなく二人きりの空間で、この世界にたった二人だけであるかのような錯覚を覚える。
「やっぱ、いいな。こういうの」
「そうだな、悪くない」
そういえば、こんなに静かな誕生日を迎えたのはどれくらいぶりだろうか。
アミシティア家の長男として、未来の王の盾として、お披露目を兼ねた堅苦しい誕生会を過ごしたことは何度もあった。家族と友人とでホームパーティーをしたことや、王子とイグニスと、それからプロンプトと四人で祝ったこともあったか。
昔は立場上家の方が優先で、恋人と誕生日当日に過ごすということはなかったので(前後に誕生日の分と称してデートはしていたが)、自分の誕生日当日にデートなんてしたのは、イグニスが初めてだ。成人した時はまた大々的なお披露目であったし、付き合い始めて毎年というわけではないが。
誕生日を喜ぶ子供の年齢でもないが、自分の役割や決意を新たにする、そんな始まりの日を過ごすことが多かった中、今日のように特別な日を純粋に楽しんでいられることは嬉しい。
そして、それを一緒に喜んでくれる人が、すぐ側にいることも。
しばしコーヒーを味わって、それからぽつりと呟く。
「……隣にいてくれるのがお前で、よかった」
「オレも、そう思っている」
告げる彼の声は穏やかで、口元には優しい笑みが浮かんでいる。
その横顔を心から愛しく想うと同時に、別の感情も沸き起こる。
鼓動を落ち着けるように、グラディオラスは冷め始めたコーヒーを喉の奥に流し込み、一度深呼吸をした。
今すぐに抱きしめて口づけたい衝動に駆られたが、この静穏な時間をぶち壊すことになっては、彼の機嫌を損ねかねない。まだまだ夜は長いのだ。
だからせめて、このコーヒーを飲み終えるまでは待っていよう、と意識をそらすように空を見上げた。
数分のはずがとてつもなく長く感じる。スマートフォンの画面で時刻を確認してみたが、いつの間にか九時近くになっていた。もういい頃合いだろう。ちらりと横目で様子をうかがうと、丁度イグニスもこちらを見ていたようだった。視線が絡む。
それから彼は少しだけ何か言いたげにしていたが、結局言い掛けた言葉はコーヒーと共に飲み込んだようだった。
ほんのわずか、イグニスの視線が泳いだのを見て、グラディオは立ち上がった。
「なぁ、イグニス」
思わずにやけそうになる口元を必死で制し、平静を装って呼びかける。
「こんなものよこしてきたってことは、まだ寝るつもりはないんだろう?」
そう言ってカップを掲げると、イグニスはふいと視線を逸らした。
「別にそういうつもりではなかったのだが」
イグニスの手から空のカップを奪い、自分のと合わせてキッチンテーブルに置く。
「このまま終わるとも思ってなかっただろ?」
「それは……」
言い淀むということは、つまり肯定だ。グラディオラスは片手でイグニスの顎に触れ、上向かせると、そのまま唇を塞いだ。まだコーヒーの香りが残っている。
甘く唇を食み、薄く開かれた隙間から舌を差し入れる。唾液を絡ませながら口内をたっぷりと味わって、それから唇を離した。
イグニスの口からはかすかに熱のこもった吐息がこぼれている。
「……明日も運転して帰るんだ。ほどほどにしてくれ」
「りょーかい」
釘をさしながらも否定の言葉は一切ない。
二人はテントの中へと移動した。
入り口を閉め、テントマットの上に一枚毛布を敷き、その上に向かい合って座る。ランタンの薄明かりがテント内を照らし、時折影を揺らした。
柔らかな唇を啄みながら、サスペンダーを外し、手早くシャツをはだけさせていく。
首筋から鎖骨へと口づけを落とし、痕が残らない程度に軽く吸いつく。自分よりは小さいといえ、イグニスはどう見たって立派な成人男性だ。ほどよく鍛えられて筋肉もついているし、女性のように柔らかいわけでもない。それでも色白な肌は滑らかで心地よくて、鼻腔をくすぐる汗と香水の混ざった匂いはどこまでも甘く自分を惹きつける。
本当は後のことなど考えずに思う様に抱いてしまいたい気持ちもあるけれど、場所がらそうもいかない。仮にそれを求めたなら拒否はしないのかもしれないが、あまり汚してしまえば後始末が大変なことになるし、自分の我が儘で彼に迷惑をかけるのは本意ではない。
理性ごとどろどろに溶かしてやりたい気持ちを抑えながら、胸元に指をはわせる。それはまた別の機会でいい。
しっとりと汗ばむ肌に唇で愛撫を施しながら、指先で胸に触れる。
「ん……」
かすかに吐息混じりの、鼻にかかった声が漏れたのに気をよくして、グラディオラスは指先にもう少し力を込めた。
「っ、は……」
痛くならない程度に、指先で色づく突起を押しつぶす。小さなそこをくるくると弄べば、声は次第に甘さを増していった。
腰を抱き、ゆっくりと毛布の上に押し倒す。
覆い被さった体勢で、イグニスの身体ごと包むように薄い毛布を被る。
「寒くねぇか?」
「あぁ……」
イグニスは頷いて、グラディオラスの首に腕を回してきた。
抱き寄せられ、密着する肌は温かく心地いい。
どちらからともなくに唇を重ね、舌を絡め深く口づける。
「んんっ……、ふ……ぅ」
口腔内をあますところなく愛撫するように舌をはわせていくと、身体の下でもぞりとイグニスが身じろいだ。
下肢に当たる硬い感触に、交わす口づけはそのままに、グラディオラスはそろりと手を伸ばしてそこに触れた。
「んぅっ……う……」
びく、と面白いくらいにイグニスの腰が跳ね、グラディオラスは服越しに何度かそこを撫でた。
「っう、んんっ……グラ、ディオ」
「なんだ?」
身をよじり、吐息の合間に抗議するような声があがる。グラディオラスは器用に片手でベルトをはずし、下着をずらして中で主張するそれを晒けだした。
包むように握りこんで、手を動かす。と同時にまたキスをしてやると、今度はいやいやをするように首を振ってきた。
「んっ……あ、だめ、だ……」
言葉とは裏腹に昂りは透明な蜜を溢れさせている。
キスと同時に刺激されるのに弱いのだということは、分かっていてやっているのだけれど。グラディオラスは一度手を離して、傍らに置いてある鞄の方へ手を伸ばした。
先ほど用意しておいた潤滑剤のボトルをとり、手のひらに少し出して、今度は双丘の奥へと手を伸ばした。
「く、ぅ……」
後孔に指を沈めれば、イグニスは腕で顔を覆い、歯を食いしばるようにしている。
「痛くねぇか」
「あぁ……」
逸る気持ちを抑えこみながら時間をかけて慣らしていく。
浅く抜き差しすれば、体内のもっと奥へと誘うように内が指に絡みついてくる。
「……っ、あ!」
既に知った感じる箇所を擦りあげてやれば、びくんと腰が跳ねた。
同時に先走りに濡れた前に触れると、イグニスの喉からは切羽詰まった声があがった。
「一回出しとけ」
「ん、あ、……っあ……!」
イグニスの背がしなり、足が毛布を蹴り乱した。くたりと毛布に沈み胸を上下させているのを横目に、グラディオラスは小さな袋を破り、その中身を手早く自身に装着した。
そうしてイグニスの身体に覆い被さり、猛る自身のものを挿入しようとしたところで、一度止まった。
グラディオラスはしばし考え、イグニスの腰を抱き上げた。
「グラディオ、なにを、っ」
「マット敷いてても、背中が痛くなんだろ」
瞬時に体勢を入れ替えて自分が仰向けになり、イグニスを自分の上に跨がらせるようにする。
「んぁ、待っ……、!」
腰を浮かせて逃れようとするのを、片腕でがっしりと掴んで引き留める。達したばかりでまだ苦しいのかもしれないが、そろそろ自分も我慢の限界だ。柔らかく解れたそこに、己のものを押し当てる。十分に慣らしたそこは一見入りそうにないほどの剛直を、難なく飲み込んでいった。
「グラディオっ、あ、ぁ……」
イグニスの身体がふるりと震える。グラディオラスはイグニスの手をとり、その甲に口付けた。それから自分の指と絡める。馴染むまで少し時間を置こうとただ触れるに留めているが。ねっとりと絡みつく内の熱さは、気持ちがいいけれど物足りなくて、早くめちゃくちゃにかき回してしまいたい、と獣染みた衝動に駆られる。
本能に身を委ねるような動物的な交わりも、それはそれで心地よくて楽しくもある。けれど、今自分が欲しいものはそれじゃない。そのために時間をかけてじっくりと愛し合うような行為を選んでいる。
とはいえ、じっと待っている間はなかなかつらい物がある。理性がじりじりと焼き切られるようだった。
肺の中の空気を吐き出して息を整える。自分の額にも汗が浮かんでいるのが分かった。
「グラディオ」
きゅっと手を握られ、グラディオラスは顔を上げた。
「もう、いいから」
「……動くぞ」
様子をみながら、少しずつ、揺り動かしていく。
イグニスは目を伏せて、羞恥にか空いた片手の甲で口元を押さえている。
抑えきれず漏れ出る吐息は熱をはらんで艶っぽく、ますます情欲に火をつけるようだった。
腰を掴んで深く突き上げてやれば、イグニスの喉から悲鳴にも似た高い声があがった。
「ひ、あっ」
それに自分でも驚いたのか顔を真っ赤にしてますます口元を抑え込んでしまった。グラディオラスは口の端をあげ、そっとイグニスの腕を外させた。
「誰もいないんだ。声、我慢しなくてもいいんだぜ」
「っ……」
「大体今更、隠すこともねぇだろ」
「そんな、こと」
内壁を抉ってやれば、また芯を持ち始めていたイグニスのものが揺れる。
薄明かりの中でも自分と繋がる箇所ははっきりと見え、グラディオラスは思わず生唾を飲み込んだ。
いい眺めだ、と無意識に口の端がつり上がる。あまりはっきり口にするときっと逃げ出してしまうから、声にはせずに思うだけにとどめた。
「イグニス」
代わりに名を呼べば、じっと自分の目を見返してきた。快楽にか、緑色の瞳はいつもよりとろけて、綺麗だった。
彼も気持ちいいのだと、全身で告げている。
蜜をこぼす熱塊に手を伸ばそうとすると、触れる前に手を掴んで止められた。
「だ、めだ……無理……っ」
そろそろ我慢も限界なのだろう。触れられたら耐えられそうにないくらいに。
グラディオラスはイグニスの腰を押さえて自らのものを突き入れる。
「んぁ、あ……深い、っ……」
「イきそうか?」
イグニスはうっすらと涙を浮かべて、こくこくと首を振る。
上体を起こしているのもそろそろつらいのか、グラディオラスの胸にすがりついてくる。額には汗が浮かび、前髪は乱れておりていた。
「グラディオ、っ……」
奥深くまで穿ってやれば、イグニスはびくびくと身体を震わせた。
「あぁ、あ……ッ、ぁ、は……」
絶頂と同時に中を締め付けられ、グラディオラスもまた奥に精を放つ。イグニスはグラディオラスの胸に倒れ込むようにして、荒い呼吸を繰り返していた。
「イグニス。……イグニス」
「ん……」
グラディオラスはそのままイグニスの身体を抱き寄せて、唇を重ねる。少し互いの呼吸が落ち着いてきたところで、グラディオラスはようやく繋がったままの自身を引き抜いた。
「……グラディオ」
グラディオラスにもたれかかりながら、幸せそうにふにゃりと笑う。
この瞬間の顔が、本当に好きだった。
もう数えきれないほど共に夜を過ごしているけれど、どうしたって無茶をすれば負担になるのは彼の方だ。
大切だから、極力優しくしたいと常々思っている。
思っては、いるのだが。
その笑顔には、どうしてもあらがえなくて。
毎度呆気なく落ちる自分に苦い笑みも浮かぶけれど、何よりも正直に反応をみせるものは自分でもどうしようもなく。
申し訳ないという気持ちも残ってはいたが、もう少し、こんなときくらい我が儘を言っても許されるんじゃないか、なんて。
「なぁ、明日オレが運転してくから、もう一回……」
「……っな」
「お前のその顔見てたら、勃った……」
イグニスは一瞬唖然としていたが、それが決して冗談ではないことに、脚に触れた感触で気付いただろう。
「ダメ、か?」
流石に、無理だとかつらいとか、言われることも覚悟はしたけれど。
イグニスはグラディオラスの頬に触れて、そっと撫でた。
「……お前が、そうしたいなら……」
そして消え入りそうな声で、そう呟く。
おそらく彼なりの精一杯だろう誘いに、触れる指先から火を灯されるようだった。どくんと鼓動が跳ね、熱い血が衝動と共に身体を巡るような錯覚。
ついさっきまで自分に言い聞かせていた気遣いもどこへやら。イグニスの身体を組み敷いて、グラディオラスは貪るように唇に噛みついた。
翌朝も、空は快晴だった。イグニスは流石に疲れたのか、グラディオラスが起きた時にはまだ眠りの中だった。
湯を沸かしてコーヒーを入れて、昨日買っておいたパンを取り出す。
焼いた方が美味いのかもしれないが、自分が一人でやると炭にしそうだったからやめておいた。
朝食の支度が終わった頃、ようやくイグニスが起き出してきた。
「おはよう。大丈夫か?」
「あぁ、少し痛むが平気だ」
コーヒーとパンを乗せた皿を差しだすと、イグニスは礼を告げてチェアに座った。
「悪かったな、無茶させて」
コーヒーで喉を潤してから、イグニスは告げる。
「かまわない、オレも楽しかった」
朝の爽やかな空気と暖かな日差しの中、名残を惜しむようにゆっくりと朝食をとる。
多くの人にとっては何の変哲もない日、けれど二人にとっては特別な、誕生日の一日。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、あとはもう片付けをして帰るだけだ。
立ち上がり、片付けの算段を立て始めたグラディオラスの背に、温かな手が触れた。
「またいつか、二人で星を見に来よう」
「あぁ、そうだな」
グラディオラスはイグニスの頬に口付けた。
2017/05/04公開