・同人誌「想いは夢に暴かれて」に収録されている話と同一です。サンプル兼ねた公開版

 

*****

サイラス×エマ
言葉は夢にあふれ、おちる


 堅牢な城壁に囲まれた、歴史ある広大な城。その一角には、色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭園があった。他国から嫁いできた王妃の為に国王がしつらえた庭園は、二人の愛の象徴ともなっていた。明るい昼間に見ても美しいが、夜にはまた違った姿を見せる。
 紺色の天鵞絨を広げたような空には、眩く輝く月とそれを彩る数多の星。
 ライトの明かりは空の光の邪魔をせず、優しく植物を照らしている。
 幻想的な光景のなか二人並んで歩いていると、この世界に二人だけしかいないかのような、この美しい光景すべて自分たちのためだけにあるような、そんな錯覚に襲われた。
 けれど何よりも心惹かれるのは、隣にいる彼女だ。青いドレスをまとった姿は凜として気高く、綺麗だ。
 彼女を見つめていると、視線に気づいたのか顔を上げた。
「サイラスさん」
 その微笑みが、名を呼ぶ声が、たまらなく胸を熱くさせる。
「エマ、綺麗だ。そのドレスも、アクセサリーも、よく似合っている」
 王族ではないのに、本物の姫君のようだと思った。この景色も、身にまとう衣装も、彼女に相応しい。
 そして自分自身も、全て彼女のもので在るのが当たり前の姿なのだと思えた。
 サイラスは彼女の前にひざまずく。そして細くしなやかな手をとって、恭しく甲に口づける。
「お前を守り続けたい。騎士として、一人の男として……」
 騎士としての忠誠も、一人の男としての愛情も。身も心も、この命全てをあなたに捧げよう。
 騎士の誓いは聞き届けられる。
 月明かりを浴びてはにかむ彼女は、月の女神のように美しかった。

 目蓋を貫くような光に、サイラスは強く目を閉じた。それから、様子を伺うようにゆっくりと少しずつ開く。
「……」
 眩しく感じたのは月光……ではなく陽光で、今は朝だと知れた。
 今見ていた光景が夢だったことは理解したが、なぜあんな夢を見たのだろうかと考える。
 そもそも夢なんて不可解なものだ。真剣に考えてどうにかなるものではないのだが、あの光景は何か覚えがあった。
 夢の内容に思考を捕らわれたまま、ベッドから起き上がり身支度をする。その間ずっと、何だったのか、と思い返してふと気づく。昨日エマと話していた、騎士と姫君の恋物語だ。
 騎士団ギルド『シュヴァリエ』の本拠地、騎士の国アルストリアは騎士を多く輩出する国だ。王族であっても剣を取り戦う国なので、幼い子供向けの物語でも騎士が多く登場する。悪いモンスターを対峙する勇敢な騎士たちの話に始まり、弱虫だった少年が立派な騎士になる話、騎士団の中での絆や友情を育む物語などもある。広い世代の女性に人気の騎士とのロマンス小説に至っては、姫君、メイド、町娘などなどヒロインは多岐にわたる。
 こうして様々な物語に触れたり、実際の騎士たちの姿を見て成長していくうちに、騎士に憧れ自らその道に進む者、街での生活の中で騎士たちを支える道を選ぶ者、などが多くなるのだ。
 恋物語の中でも特に人気なのが、騎士と姫君の恋物語だった。それはアルストリアだけにとどまらず、国を超えて世界中に広まった名作だ。他国で舞台化されることもあったという。
 話題になっていたのでサイラスも話の大まかな内容くらいは知っていたのが、実際に読んだことはない。本は好きだが、ロマンス小説よりは他のジャンルを好むからだ。あとは、何年経っても人気が衰えないので、常に誰かが借りていたというのもある。手に取る機会があったら読んでいたかもしれないが。
 エマも読書が好きだと言うし、その小説は読んだことがあると言っていたので、昨日の夜に話を聞いていたのだ。
 エマが話してくれた内容は読んでいないサイラスにもとてもわかりやすく、情景が目に浮かぶようだった。それから、エマはどういうところが好きなのかなど、感想も聞かせてくれた。楽しそうに話す彼女を好ましいと思ったのは確かだ。
 だから、自分たちが物語の主役になったような、そんな夢を見たのだろう。
 出てきたシーンは王と王妃の思い出の庭園で、主人公の騎士が姫君に愛と忠誠を誓うという、騎士が戦地に赴く前の山場だ。
 夢の中のエマは綺麗だった。いつもはギルドキーパーの制服や動きやすい服装をしていることが多いが、ドレスも着こなせるのは知っている。以前に見たものとは違っていたが、よく似合っていた。彼女の優しさ、高潔さも姫君として相応しいだろう。
 けれど、サイラスの方は――。
 ふと、鏡の中の自分と視線が合う。
 夢の中の騎士は、まるで別人のようだ。物語の騎士は見た目なども含めて、エミリオの方が似ていると思う。サイラスは人と接することが苦手でよく怖がられるし、思ったことを上手く相手に伝えることもできない。
 まあ、他人に怖がられるような騎士では恋物語にならないだろうが。とサイラスは苦笑する。それはそれで物語が生まれそうだが、世界的に人気になるとは思えない。
 そういえば、戦地に赴く前の騎士、というところだけはサイラスと共通していた。本当に、それくらいだ。
 現実の自分は、好意を持つ相手に対して、褒め言葉一つまともに口にできないのだ。
 夢の中ではあんなにも饒舌に告げられたというのに。
 エミリオやハリエットは言うまでもなく、団長であるアレックスも女性をスマートに褒めることなど、当然のように行っている。
 それなのに自分は、気の効いた言葉一つ言えない。それどころか口下手で気を使わせてばかりいる。たとえ二人でいたとしても話を盛り上げることなど出来はしない。そんな自分といてもつまらないだろう。なのに彼女は気を使ってか、あれこれと話しかけてきてくれる。彼女の話は心地よくて、聞いてるだけで楽しい。ずっと聞いていたいと思うほどに。
 だが、自分からは、任務や趣味の話ならまだしも何を話していいのかわからなくなってしまうのだ。上手く伝えられず黙り込んでしまい、気まずい思いをさせたのも一度や二度ではない。
 それでも諦めず、根気強く接してくれる彼女の優しさが、嬉しかった。彼女に抱く想いが少しずつ形を変えていることも、自覚していた。
 だが、自覚したからといって伝えることができなければ何も変わらない。
 ロマンス小説の騎士と姫君のような関係には、ほど遠いのだ。
 身支度を整え終わるのと同時に、この話は完結したとばかりに思考の外に追いやられた。部屋の扉が閉まる音だけが、余韻のようにかすかに響いた。

 今日からは遠征が始まる。今回シュヴァリエが引き受けたのは、他国からの侵略を防ぐために、国境付近を守ってほしいという依頼だ。ムーンロードではなく陸上の移動。数日かけて目的地までたどり着く。
 辺境にある小さな街は、山の麓にある自然に囲まれた所だった。街に住む人々の生活を賄うだけの店と、外から来た者がしばし身体を休められる宿があるくらいの場所だ。
 交通の要所である宿場街は少し離れた所にあるし、国境を越えるにしてもこの街を通る者は少ないのだ。そんな街なので、本格的な警備隊や騎士団があるわけでもなく、攻め込まれたらひとたまりもないだろう。
 逆に言えば、攻め落とすのならばまずこちらを足がかりにするはずだ。食料や資材はある程度調達できる。とはいえ宿場街の方も放っておくわけにはいかないので、騎士団の大半の人員はそちらに割き、この街にはサイラスを含めた少数精鋭の部隊で当たることになった。
 後方部隊としてついてきた医療班なども人員を分け、ギルドキーパーとして同行したエマもこちらに来ている。街の入り口にある宿を借り、エマたちはそちらで待機することになっていた。
「サイラスさん、無事に戻って来てくださいね」
「ああ」
 彼女が後方部隊にいる。それがどんなに、自分に力を与えてくれるか。
 危険な任務にも物怖じせず、的確に自分の仕事をこなす彼女には、敬意と感謝の念を抱いている。後方まで被害がないよう食い止めるのがサイラスたちの役割ではあるが、彼女に危険が及ばないように、と思えばいつも以上に力が湧いてくる。
「絶対に守り抜く。行くぞ!」
 騎士たちに号令をかけ、サイラスは街の奥へと進んだ。
 偵察部隊から聞いた敵兵の数は、今この街にいるシュヴァリエの騎士たちの三倍はいるだろう。これがただの戦場であれば今居る騎士たちで苦もなく追い返せるのだが。
 街の住人だけでなく、この生活の場を極力守りながらとなると難易度は跳ね上がる。
 だが、被害を最小限に食い止めるべく、自分たちが呼ばれたのだ。月騎士として、守るために最大限を尽くす。
 主戦場となる区画の住民は、後方部隊のいる付近へ既に避難を終えている。とはいえ、万が一残っていては問題だ。注意深く辺りを観察していると、遠くから男の悲鳴と怒号が聞こえた。
 サイラスは声のした方に駆け出す。騎士たちも数人、サイラスの後を追いかけてきた。
 街の者だろうか、武器も何もない丸腰の青年が、敵兵三人に囲まれ路地に追い詰められていた。何かの包みを必死に守るように抱えている。
 容赦なく剣を振り上げる敵兵に、青年は身をすくませた。
「ひっ……」
 青年が悲鳴をあげた瞬間、サイラスは敵兵との間に割って入り、相手の剣を弾き飛ばした。突然現れたサイラスに動揺する兵士を、流れるような動きで蹴り飛ばす。派手に吹き飛んだ敵兵は、もう一人を巻き込んで地面へと転がった。
 少々行儀は悪いが、一般人の前で斬り捨てるのは気が引けた。それに、捕らえて情報を引き出す必要もある。
 サイラスに着いてきていた騎士が、完全に気を失ってしまった男を捕縛する。
 逃げだそうとしていたもう一人は、剣の柄で殴って昏倒させた。
 一般人に手を出そうという兵士らしからぬ行動は、正規の軍などではなく金で雇われた傭兵かごろつきか何かだろう。そんな相手が大した情報を持っているとも思えないが、こうした下衆は簡単に口を割るので利用できる場合もある。
 さてこの場は制圧したが、いつまた襲われるか分からない。呆然とサイラスを見上げている青年に、声をかける。
「今のうちに逃げろ」
「あ、ありがとうございます! で、ですが……」
 青年は申し訳なさそうに首を振る。サイラスは眉間の皺を深くしたが、すぐに異常事態に気がついた。逃げるときに足をくじいてしまったのか、青年の足首は赤く腫れ上がっていた。このままでは一人で逃げるのは難しいだろう。
 サイラスは背後にいる騎士に視線で合図すると、そのうちの一人がうなずき、青年を支えて立ち上がらせた。そして青年を背負うと、後方へと下がっていった。これで安全なところまで送り届けてくれるだろう。あとは後方で治療を受けてもらえばいい。
 サイラスは気を引き締めて、再び敵兵の捜索へ戻った。

 その後は特に大きな事件もなく、順調に制圧は終わった。
 負傷した者もいたが大事には至らず、街の被害もほとんどなかった。
 サイラスがエマたちのいる建物に戻ると、ちょうど傷の手当てを終えたらしいエマが出てきた。
「お疲れ様です」
「ああ、無事に済んでよかった」
 言葉を交わしているうちに、奥の方から見覚えのある青年と、二人の女性がこちらに来た。
「騎士様! さきほどはありがとうございました」
 包帯が巻かれた足は痛々しいが、それ以外に怪我もないらしい。
「当然のことをしたまでだ。しかし、何故あの場所にいたんだ。避難していなかったのか」
 サイラスが訊ねると、隣にいた壮年の女性が答えた。
「私の薬を取りに行こうとしてくれたようなのです」
 サイラスが助けた青年の隣にいるもう一人の若い女性は婦人の娘で、青年はその婿ということだ。
 持病のある婦人と、身重の娘。となれば、動けるのは青年しかいない、と二人を置いて避難場所を飛び出した。そして家から薬を持ち出したまではいいが、そこで運悪く敵兵に見つかってしまった。敵兵は抱えている包みを金目のものだと勘違いし、しつこく追ってきた。そして逃げているうちに追い詰められ、転んで足をひねってしまった。というのが青年の話だった。あとはサイラスもよく知っている。
「そうか。お前は、家族を守ろうとしたんだな」
 サイラスの言葉に、青年は頷いた。
「その志は立派だと思う。だが、お前に何かあったら悲しむのは家族だ。もうすぐ子供も生まれるのだろう? あまり無茶をするな」
「はいっ! ありがとうございました」
 青年は深く頭を下げる。隣にいる女性も同じようにしてきたが、その目元が赤くなっていた。大切な人が危険に晒され怪我をして戻ってくるなど、どれほど心配しただろう。
「本当に、ありがとうございました」
 女性の声は震えている。助けられて、本当によかった。生きてさえいれば、心配をかけた分の埋め合わせなんていくらでもできるのだから。
 ……騎士という職業である以上、自分は心配をかける側だ。人にあれこれと言える立場ではないのかもしれない。騎士となる者の家族や恋人たちは、皆そうした葛藤を抱えて、それでも送り出していくのだから。
 複雑な心境になりながらも、家に戻るのだろう三人を見送ろうとした時、不意に婦人がサイラスの前に歩み出た。
「あの、騎士様。お召し物が」
 おずおずと告げる婦人の指差す先を視線で追い、マントの布を引っ張る。確かに、大きく裂けてしまっていた。特に負傷したわけではないが、戦っているうちに剣が届いていたのか。
「俺としたことが気づかなかった。教えてくれて助かった、ご婦人。あとで修繕しよう」
「あのっ……!」
 礼を告げたサイラスの前に、婦人が更に歩み出た。
 そして婦人が告げた言葉にサイラスは目を瞬かせた。

 それから半月ほど経ったある日。
「サイラスさん、お客様です」
 訓練場で日課の鍛錬をしていたサイラスを、エマが呼びに来た。鍛錬を中断し彼女についていくと、そこにいたのは国境の街で会った婦人だった。
「サイラス様、大変お待たせ致しました」
 恭しく礼をし、婦人が渡してきたのは一つの包みだった。サイラスはその包みを開け、中を確認する。
「すごいな、まるで新品のようだ」
 先日、婦人に指摘されたマントは、裂け目などなかったかのように綺麗になっていた。
 婦人は街で仕立屋を営んでおり、マントの修繕を買って出てくれた。青年を助けたことだって、当然のことをしただけなので最初は断ったのだが、それでも何かお礼をさせてほしいと訴える婦人に、あまり断るのも失礼かと思い、厚意に甘えることにしたのだ。
「ありがとう。ご婦人は素晴らしい技術をお持ちなのだな」
 このマントを身につけるのは当分先になるが、その時にはまた傷つけることのないよう、もっと強くならねばと気の引き締まる思いだった。
 婦人は更にもう一つ、大きな包みを取り出した。
「あと、お嬢さんにはこれを」
「私に?」
「お嬢さんなら似合うかと思って」
 そう告げられたエマが、包みを開く。包まれていたのは青いドレスのようなワンピースだった。
「こんな素敵なお洋服、いいんですか?」
 衣服に詳しくないサイラスでさえ、一目見て質の良いものだと分かる。エマによく似合いそうだとも。
「あなたのような可愛らしいお嬢さんに着て貰えたら、服も嬉しいでしょうから」
「ありがとうございます、大切にしますね」
 婦人が微笑むと、エマは受け取った服を胸に抱きしめた。
 それから婦人は家族や街の近況を少し報告し、また礼を告げて帰っていった。
 残されたサイラスとエマは、顔を見合わせる。
「私も仕事で手当をしただけなのに、こんな立派な服もらっちゃっていいんでしょうか」
 エマは困ったように告げるが、きっとそれだけではないのだとサイラスは感じていた。
 手当の的確さ、丁寧さももちろんだが、エマは細やかな気遣いができる女性だ。きっと不安に駆られていたご婦人を、娘を、勇気づけていたのだろう。
 だから、手当だけではない、その気持ちに対する礼なのだと思う。
「着てみたらどうだ」
「そうですね、せっかくですし」
 サイラスがそう言うと、エマは着替えるために自室に戻った。それからしばらくして、サイラスの元へ戻ってくる。
「どうでしょうか」
「……!」
 その服は、まるでエマのためだけに作られたかのようにぴったりだった。彼女の魅力を引き立てるような、そんな服。上半身はすっきりとシンプルで、腰には大きなリボン、ふわりと広がるスカート。
「騎士と姫の物語の、姫君のドレスみたいですね」
 そう言われて、サイラスは納得した。確かに、本の表紙で見た姫君と似ている。
「素敵だよエマ。とっても似合ってる」
「エマさん、可愛いです!」
 いつの間に来たのか、エミリオや他の騎士たちが集まり始めていた。いつもと違う格好をしているエマを、一目見に来たのだろう。
 口々に褒め称えられ、エマが顔を真っ赤にしている。その間サイラスは何も言えず、ただその様子を見ていることしかできなかった。
 そしてしばらくして、騎士達がそれぞれの持ち場に戻って行ったあと。
「騎士のみなさんはお世辞が上手で、つい照れちゃいますね」
 そう言ってエマは微笑んでいる。だが世辞や社交辞令などであるものか。
「そんなことはない」
 彼女を慕う者は多い。団長にも一目置かれ、マイスターであるサイラスやエミリオと一緒に行動することも多い彼女に早々手を出そうなどという不届きな輩はいないだろうが、程度の差はあれ好意の視線を集めているのは確かだ。
 それは男所帯の騎士団という場に唯一の女性ということだけではなく、彼女の人柄、働きぶり、どちらの面で見てもすばらしい女性だからということに他ならない。
 こんな風に、気の利いたことすら言えない男では、彼女だって……。
「俺も……その服は、いいと思う」
 自然と口から飛び出していた言葉に、自分で驚く。そして、また言葉が足りないのではないかと気づき、訂正する。
「……ああ、いや、服の話ではなくて、似合っている、と……」
「ふふ、ありがとうございます」
 エマは気を悪くするでもなく、わかっていると言わんばかりに微笑んでいる。
 彼女は聡い女性だ。たとえサイラスの言葉が足りなくても、言いたいことを理解してくれる。けれど、それに甘えていてはいけない。
 自分の気持ちは、言葉で伝えなければ。夢の中では伝えられたように、想いを形にしたい。意を決して言葉を紡ぐ。夢に零れ落ちた言葉を、拾い集めて届けるように。
「いつも助かっている」
 細やかな気遣いに、幾度も助けられている。
「お前が来てくれてから、団内の空気も変わった」
 皆が過ごしやすいように環境を整えてくれること、その笑顔に、活力をもらっていること。
「……いや、違う。間違いではないのだが、今は、他のみんなではなく」
 サイラスは言葉を切り、改めてエマに向き直った。
「俺が、嬉しいんだ」
「はい」
 花開くような笑顔が、眩しい。今こそ、言葉を尽くすタイミングだと思うのだが、何を言っていいのか、この想いをどう伝えたらいいのか、上手く言葉にならなかった。
「……。物語の騎士のようには、いかないものだな」
 視線を反らすと、エマはくすくすと笑った。
「サイラスさんの気持ちは、ちゃんと伝わってますよ」
「そうか」
 言葉足らずな自分の想いも、届いているのだろうか。
 サイラスは彼女の前にひざまずく。そして細くしなやかな手をとって、恭しく甲に口づけた。――青いドレスをまとった姫君に、愛を、忠誠を誓う騎士。いつか見た夢と、同じように。
「これで、もっと伝わっただろうか」
 エマの顔を見上げると、耳まで真っ赤に染まっていた。
「……私、わかっているつもりで、まだまだだったのかもしれません」
 消え入りそうな声で呟くエマに、愛しい想いはますます深まるのだった。

 

 

 2023/07/16公開