彼と初めて夜を共にした日から、しばらく経った。あれ以来私たちの関係は、少しだけ変わったような、今までとあまり変わらないような、不思議な感じだった。
 基地に戻ってからのドライゼは、いつもと変わらず真面目で、任務やアルバイトなど忙しく動き回っているし、あいた時間には鍛錬を怠らない。
 彼のそんなところが好きだけれど、あまりにいつも通りなので少しだけ拍子抜けしてしまった部分もあった。
 とはいえ、私だっていつもと変わらない日常を過ごしている。レジスタンスのメディックとして、貴銃士たちのマスターとしてやることは多くて。
 この基地は人も貴銃士も多いので仕方がないけれど、恋人同士の時間どころか、二人きりで過ごすことも挨拶程度の会話しかなく。
 あの夜が遠い昔のように感じられるほど、日々は忙しなく過ぎていく。
 いつしかこの胸に芽生えた恋心はいつのまにか大きくなって、確かな形になって。彼はその気持ちを受け止めて、応えてくれた。
 これ以上の幸せはない、と思っていたのに、際限なく次々と求めてしまう。
 今だって、会いたくて仕方がない。
「……ドライゼ」
 誰もいない医務室で、小さく名前を呼んでみる。
 思い出す度に胸がどきどきして、頬が熱を持つ。
 彼の低く掠れた声や、優しく触れる手つきや、抱きしめてくれた腕の強さ。痛みもあったけれど、それ以上に、初めて感じた快感と幸福感が私の内を満たしてくれた。愛されている、と強く感じられた。
 触れ合う素肌や、腕の中で眠る安心感。
 思い出すだけで、ふわふわと落ち着かない心地になる。
 もっとずっと一緒にいたい、なんて、そんなわけにもいかないのに。
 彼は今日から任務で出かけてしまう。レジスタンスの皆と一緒に偵察をするのが主で、危険はそれほどないはずだし一週間後には戻ってくる予定だけれど、短期間とはいえ離れてしまうのがこんなにも寂しい。
 他のみんなだっていなくなるのは寂しいし、早い段階で私の貴銃士になってくれたドライゼとは、離れて過ごすことも今まで何度もあったのに。
 あれから、あまり一緒に過ごせなかったから余計にそう感じるのか。
 特に大きな仕事もなく、今日は怪我や病気で運ばれてくる人もなく、平和だからあれこれと考えてしまうのかもしれない。メディックとしては仕事が少ない方がいいのだけれど。
 彼は出かける前には必ずここに立ち寄ってくれるから、少しくらいは言葉を交わせると思う。出立前は準備もあるだろうし、邪魔をするわけにはいかない。それに手持ち無沙汰といっても、自分も仕事中の身。多少休憩したりここを離れても誰に咎められることもないのだけれど、いつ誰が来るかは分からないし、彼とすれ違うのも不安だった。
 彼が来てくれるのをただ待っている時間は、時計の針がいつもよりゆっくり進んでいるよう。
 そんなことを考えていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
 力強く響くその音だけで、彼だとわかった。
「マスター、そろそろ出立するので報告にきた」
 そう言って、私の前にひざまずいた。いつも見上げている彼を、ほんの少し見下ろす格好になる。
 戦う為の、軍服に身を包んだ彼は、いつだって毅然としている。それは彼の努力の賜物だとわかっている。彼にはどんな任務だって安心して任せられると信頼も厚い。それでも、祈らずにはいられなかった。
「みんなで無事に戻ってきてね」
「ああ、必ず」
 ドライゼは私の手を取り、甲にキスをした。初めて喚んだあの日のように。とくん、と鼓動がはねる。けれど、これだけなら特に珍しいことではなかった。任務で出かける前などに、誓いのキスをすることはたびたびあったから。彼にとっての挨拶……というよりは、鼓舞のようなものなのかもしれない。
 そう思っていたのだけれど、今日はそれだけでは終わらなかった。私の手を見つめたまま、そっと指先を撫でられる。
「……、ドライゼ?」
 それから指先を包み込むように握られ、手のひらに柔らかなものが触れた。
 それが、さきほど手の甲に触れたのと同じ唇の柔らかさだと気づいた時には、顔が真っ赤に染まるのを感じた。胸の音が聞こえてしまいそうなくらい、激しく高鳴っている。
「マスター。あなたの期待に応えられたら……褒美がほしい」
 いつもよりほんの少し低く、囁くような声は、妙に甘く感じられて。
 手のひらに残る熱とともに、私の体温を上げていく。
「ドライゼ、それって」
 答えの代わりに微笑んで、彼は立ち上がった。
 見上げたその頬が少し赤くなっていたのは、気のせいではないと思う。
「行ってくる」
「い、いってらっしゃい」
 ようやくその言葉を告げるのが精一杯だった。
 彼は知っていたのだろうか。それとも。

 ――答えはきっと、一週間後に。

 

甘々ワードパレット 22:金平糖(胸の音/キス/芽生え)

2022/03/25公開

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