濃紺の空には輝く月と宝石のように散らばる星々。空と溶け合うようにどこまでも遠く広がる海、手前には白い砂浜。波音が穏やかに響き、風が潮の香りを運んでくる。
 海辺に建つ、洒落たホテル。レジスタンスのマスターと彼女の貴銃士達四人……ドライゼ、シャスポー、タバティエール、ローレンツは、いつもの喧噪、争いの日々を忘れて疲れを癒そう、と休暇を利用して旅行に来ていた。
 一日街を観光し、夜は皆で食事をした。近くで獲れる海産物がふんだんに使われた料理がまた絶品だった。この後は各々のんびりくつろいで過ごし、ふわふわのベッドでゆっくり眠る。そんな贅沢な夜を過ごすはずだったのだが。
「みんなで来たんだし、夜は親睦を深める為にみんなでトランプしましょう!」
 マスターである少女の提案に、貴銃士達はぽかんとマスターの顔を見つめることとなった。
「あ、あれ」
 貴銃士達の反応が予想外だったのか、マスターは戸惑いを浮かべている。シャスポーはゆっくりとマスターの方に近づいた。
「ねぇ、マスター。僕はもうこいつらに充分付き合ったよ。僕はこれ以上慣れ合うくらいならもう休みたいのだけど」
 微笑を浮かべているけれど、表情とは裏腹に拒絶の意志を示している。
「あ、そうだね、ずっとみんなで観光してたし疲れちゃったかな。無理にとは言わないから……」
 そんなマスターをフォローするように動いたのは、タバティエールだった。
「まぁせっかくだし、俺達だけでも一緒にやろうぜ」
 ドライゼとローレンツに目配せし、二人も慌てて頷いた。
「ありがとうタバティさん。勝った人には私からささやかな景品を出すからね」
「景品?」
「何かお土産とか。あんまり高いものは買えないけど」
「マスターちゃんからの贈り物かぁ、それは良いね」
 タバティエールは、さながら小さい子供の提案を褒める親のような穏やかさで、にこにこと話を聞いている。
「喜んで貰えてよかった。ベス君達と行った時には、私と一日デート権、なんて言われて」
「えっ?」
 その言葉に、貴銃士達の顔色が変わる。マスターが色々な貴銃士達のチームと旅行に行っているのは知っていたが、まさか彼らがそんなことをしていたなんて思わなかった。
「二日目の自由時間に、私と二人でデート、って」
「ちなみに誰が勝ったんですか?」
 ローレンツがおずおずと口を開いた。
「スフィーよ。海辺を散歩して、貝殻拾って……あとは海沿いのカフェでケーキを食べたり、お土産を選んだりしたわ」
 そう語るマスターは楽しそうにしている。
「へぇー、どうせなら俺達もそっちの方がいいなぁ」
「えっ、そんなのでいいの?」
「いやいや、俺達にとってはマスターちゃんとご一緒できるのが一番の栄誉、ってね。ちょっと本気出しちゃうよ」
「勝負するからには手を抜くつもりはない」
「あーでも、シャスポーが不戦敗ならライバルが減ってよかったなー」
 タバティエールがわざと聞こえるような声で告げると、シャスポーは足早に歩み寄ってきた。
「おいふざけるな。僕も参加するに決まってるだろう」
「っ、くくく……」
 肩を震わせているタバティエールに、ドライゼは僅かに眉間の皺を深くした。
「……タバティエール、君、酔ってるだろう」
「これくらい酔ってるうちに入らないって」
 彼の傍らにはワイングラスとボトル。普段からワインを好んで飲んでいるとはいえ、夕食時から結構飲んでいた気がするが。見た目はあまり変化がないように見えるけれど、いつもより饒舌にはなっているように感じるのは気のせいではないようだ。
「はわわ、俺は、えっと」
「おい旧式、お前はマスターとのデート権に何か不満でもあるのか?」
「いいいいいえ滅相もないですぅぅ……」
 至近距離で凄まれ、ローレンツは泣きそうな顔をしている。
 こんな調子で大丈夫なのだろうか。
 ドライゼが視線を向けると、マスターは困ったような笑みを浮かべているだけだった。

 マスターがカードを配り、四人で対戦することとなる。内容はババ抜きだった。
「……っ、こんな、ことって」
 引きが悪かったのだろうが、カードを切ったのも配ったのもマスターである以上、文句もいえないのだろう。シャスポーがひきつった顔をして手札を見ている。
「じゃぁシャスポーから時計回りに」
 シャスポーはカードを一枚だけ目立つように引き上げて、ローレンツに向ける。
「分かってるな?」
「ひっ」
 ローレンツはその、引けとばかりに差し出された札を引いた。何を引いたのかは予想がつくけれど。ローレンツは手札をシャッフルして、ドライゼの方に向ける。
「……」
 ドライゼも同じく、軽く切ってからタバティエールの方へ。
「……!」
 さらにタバティエールも軽く切って、シャスポーに向けた。端の一枚だけ、少し離れている。
 シャスポーがそのカードを一枚引き。そして。
「な ん で だ よ!」
「それはこっちの台詞だかんな!?」
「お前二流のくせに僕を陥れる気か」
「お前がやってたように分かりやすーくしてやったんだろ?!」
 タバティエールは頭を抱え、溜息を吐いた。
「あーもう普通にやろうぜ普通に」
 そして再開してしばらく。カードを引き、時折シャッフルし、ペアがそろったら捨てる。その繰り返しが続き。
「あっ、俺終わりです」
 ローレンツがペアになったカードを捨て、最後の一枚はドライゼが引いて、手持ちが終了した。
「一位はローレンツ、と。最後まで決着つけてね!」
 そしてドライゼのカードをタバティエールが引いて。
「ん、俺も終わり」
 ペアを山に捨てて、残りの一枚はシャスポーの元へ。
 そこで二枚捨てて、シャスポーの手持ちは残り二枚。ドライゼの手持ちは数字札一枚なので、片方はジョーカーだ。
「ほら、引きなよ」
 剣呑な表情でカードを向けるシャスポーに、ドライゼはしばし考える。
 右のカードだけ引き上げられているそれが、どういう心理戦を仕掛けているのか。
 それがジョーカーだとして、それを引いたらどうなるか。
「お前、僕に同情するつもりか? だからお前は以下略」
 では左を引いたとしたら。
「はっ、お前はそうやって、僕が負ける姿を見て優越感に浸るつもりなんだろう! だからお前は以下略」
 ドライゼは眉を顰めてタバティエールの方に視線を向けた。これはどう転んでも面倒な展開なのでは。
 助けを求められたタバティエールは肩を竦めて首を振っている。
 つまるところ『諦めろ』と。
「……」
 もう取りやすい方で右側を取った。ひねりはなくジョーカーだったらしい。こちらのカードも残り一枚なので、先に数字のカードを引いた方が勝ちだ。軽く切ってどちらも同じようにして差し出す。
 シャスポーは迷い無く一枚を引き。 
「お前、ほんっと、お前……」
 シャスポーの後ろに回って見ていたタバティエールが、頭を抱えた。
「うるさい」
 不機嫌な顔を声のシャスポーから、もはや無表情になったドライゼがカードを引く。
 そしてあっさり数字のカードを引いたので、対戦はこれで終了した。
「納得いかない」
「あー、じゃぁ、あと二戦くらいする?」
 不満げなシャスポーにマスターが提案し、順位ごとにポイントをふってその合計点を競う方式に変更して、勝負を続行することにした。

 そうして白熱した時間が過ぎたのだが。
 最終的には結果は変わらず、点数はローレンツが最高得点だった。
「というわけで、明日よろしくね」
「は、はい!」
 マスターに微笑まれ、ローレンツは元気よく返事をする。
 その間に、シャスポーが割って入り。
「おい旧式。お前、マスターに恥をかかせたらどうなるか分かってるよなぁ……?」
 ローレンツは瞬時に青ざめた顔になり、こくこくと頷いている。
「結局盛り上がってはいたが、マスターの目的は達成されたのだろうか」
 親睦を深める、という話だったはずだが。ドライゼが呟くと、タバティエールはすぐには答えず、ワイングラスを傾けた。
「ま、まぁ、楽しかったし良いんじゃねぇか?」
 視線を反らしているあたりが、彼の答えなのだろう。

 その後。シャスポーはマスターと話をしに行き、他の三人は部屋に戻った。
「ど、どうしましょう、俺、マスターさんと出かけることになるなんて思ってもみなかったから、何も調べてなくて」
 ローレンツはうろうろと部屋を動き回っている。
 ドライゼは荷物から紙の束を取りだしてローレンツに差し出した。
「安心しろ。このあたりの見所は予めまとめてある」
「俺も良さそうな飲食店は調べてきたからさ、なんとかなるって」
「ドライゼさん、タバティエールさん!」
 感激に声を震わせるローレンツの肩を、タバティエールはぽんと叩く。
「でも、羽目外してマスターちゃんに手出ししたら、お兄さん怒るからね?」
「!? お、俺なんかがマスターさんにそんな恐れ多いことしませんっ」
「あまり脅してやるな……というか君、やっぱり酔っているだろう」
「いやぁ、年長者として釘さしておかないと?」
 声を立てて笑っているタバティエールと、冷や汗を浮かべて固まっているローレンツ。この調子で大丈夫なのだろうか。不安にはなるが、ローレンツだってやるときはやるし、あとはマスターがなんとかしてくれるだろう。
 ドライゼは深く考えることを放棄し、新しいグラスにワインを注いだ。

 

 翌日。夕刻にホテルに戻ってきたマスターとローレンツは、あれこれと荷物を抱えていた。昨日みんなで選んだ観光地や店をまわり、みんなにお土産、と色違いでストラップを買ってきたらしい。それから、基地の皆にもお土産、と。
 マスターは楽しそうな笑顔を浮かべている。
「またみんなで来ようね」
「次は絶対僕とデートしようね、マスター」
「そこはまた争奪戦だな」
 なんだかんだ大騒ぎだったけれど、それも明日で終わると思うと少し寂しい。
 そんな風に思える程度には、仲良くなれたのかもしれないな、とドライゼは静かに思うのであった。

 2019/01/27公開

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