迂闊だった。まさか、捕まるなんて。マルガリータくんと一緒だったから、油断していたのかもしれない。いくら貴銃士だって、銃もないのに多数相手は無理がある。
一度は二人とも大人しく捕まった。連れて行かれた先で、攫われて閉じ込められていたのだろう子供達を励ましながら、助けを待った。それからしばらくしてマルガリータくんだけが連れ出された時は、レオさん達だと確信した。彼らなら絶対に助けに来てくれると信じていた。
思った通りほどなくして、私も他の子供達も助け出されて……。
基地に戻ってから、ようやく一息吐いた時。
「あれ、レオさん」
ふわりと漂う癖のあるにおい。しばし考えてすぐに思い当たる。キセルくんとかタバティさんとかと似た……。
「あ、煙草だ」
レオさんが吸っている所なんて見たことがなかったけれど。人攫いと対峙してきたというから、その時についたのだろうか。
「おや、気になるかね」
自らのシャツを摘まんでみせるレオさんの、手元が何かおかしいことに、私はようやく気付く。
「ってレオさん、手、血が」
「あぁ……ずっと気が昂ぶっていて忘れていたよ」
なんてことないように言うけれど、相当傷ついているように見える。慌ててその手を取ると、手のひらから指まで、切り傷だらけで。一度血は拭き取ったのだろうけれど、またあちこち滲んできていた。
「さっきワイングラスを握りつぶしていたからねー」
カールくんが平然と言い放った言葉に目眩がした。
「なんでそんな無茶なことするんですか!」
思わず声を荒らげて、レオさんの手を念入りに確かめる。ガラスの破片が残っていることはなさそうだった。私の力で治せば元通りになるだろう。
「すまないね、マスターくん。手間をかける」
「オレ、おじさんがあんなに怒ってるとこ、初めて見た」
でもさっきのおじさんカッコよかったよー、なんて茶化すマルガリータくんに、レオさんは苦笑している。私の治癒の力を使っていると、しばらくして傷はすっかり消えたようだった。
けれど私は、そのままレオさんの手を離すことができなかった。
「マスターくん?」
大きくて、少し骨張った、他の人達よりも年齢を感じる手。
傷の消えた長い指は優雅で、繊細で、温かい、いつものレオさんのもので。
私は、さっき何があったのか、その場にいなかったから分からない。
けれど、この優しい手の持ち主が、血だらけになっても痛みを忘れるほど激昂するなんて、そんな事態のきっかけを作ってしまったのが自分達だなんて。色々な感情が急激に込み上げて苦しくなる。
「ごめんなさい……助けてくれて、ありがとう」
「あまりおじさんを心配させないでおくれ」
「……はい」
触れたままの指先にそっと力を込めると、レオさんは包み込むように手を重ねてきた。
「無事でよかった。マスターくんも、グレートルも、他の子供達も」
なんだか泣きそうになって、ただ頷くしかできなかった。喉につかえてしまったかのように、言葉がでてこない。
「怖かっただろう、頑張ったね」
柔らかく穏やかな声に、深く安堵する。だから私も安心させるように、笑顔を作ってみせた。もしかしたら上手く笑えていなかったかもしれない。それでも。
「マスターくんは、笑顔の方がいい」
そう言って彼は、目を細めていた。いつものように悠然と、包み込むような温かさで。
2019/03/10公開