十二月に入って数日経った、よく晴れた寒い日。レジスタンスのマスターである少女は物資の買い出しに自ら街へ出ていた。年齢の割に小柄な少女は、大きな包みを両手に抱え持っているが、その傍らには更に大荷物を抱えた体格の良い青年の姿がある。彼女が呼び起こした貴銃士の一人、ドライゼだ。
「ごめんね、荷物いっぱいになっちゃって。重いでしょう?」
「いや、これくらい平気だ。必要な物は全て買えたのだしな」
 少女は青年を見上げる。今は大量の荷物で、彼の顔も見えなくなってしまっていた。ということは、向こうからも自分が見えないということだ。
「せっかく二人きりなのに、ちょっとさびしいな」
「? 何か、言っただろうか」
 ぽつりと呟いた言葉は、彼の耳までは届かなかったらしい。今度は少し声を大きくして、答える。
「ううん、なんでもないの」
 必要な物資の買い出し、要は仕事の一環だ。遊びに来ているわけではないのだが、大事な仲間達の中でも特別に想う彼と二人きりでの外出。滅多にないことだったから、少しだけ浮かれていたのも事実だ。けれどこの状況は、とてもデートには程遠い。
 少女は立ち並ぶ店に視線を向け、歩き続ける。ドライゼは貴銃士の中でも体格が良く、少女は彼の胸ほどの背丈しかない。歩幅も全然違うのだが、ドライゼは少女に合わせてゆっくり歩いてくれている。見た目は強面で愛想が良いとも言えない為に誤解されやすいが、本当はすごく優しいのだ。
 そして、その優しさに何度も助けられ、いつの間にか惹かれていったのだけれど。
「あっ」
 少女は一軒の店の前で足を止めた。店の中にある商品に、視線が吸い寄せられる。
「どうした?」
「シュトレンが売ってるの。懐かしいな、って」
「あぁ、もうそんな時期なのか」
 ドライゼの声音は穏やかで、きっと笑みを浮かべているんだろうと分かった。
 クリスマスを待つ間に食べる菓子パン。昔はこれを食べながらクリスマスを心待ちにしていたものだが、もう何年も行事を楽しむ余裕もなかった。
「ちょっと寄ってもいいかな」
「分かった。俺はここで待っている」
「すぐ戻るね」
 少女は店の中へと急いだ。

 

「ありがとう、助かりました」
 二人は基地に戻ると衛生室に荷物を運び入れた。すべて仕舞い終えてから、少女は机の上に一つだけ残っていた袋を手に取った。
「ねぇ、ドライゼ。二人でお茶にしましょう? 私、淹れてくるね」
 そう告げて、マスターは食堂へ向かった。
 数分後、ティーポットとカップ、そして小皿をトレイにのせ、マスターは戻ってきた。
 先ほど買ってきたシュトレンは一切れずつ皿に乗せられている。カップに紅茶を注ぎ、ドライゼに差し出した。
「ありがとう」
 カップを受け取ったドライゼはじっと少女の方を見つめている。少女は首を傾げた。
「なぁに?」
「いや、ようやくあなたの顔がゆっくり見られたと思ってな」
 少女の頬がぱっと桜色に染まる。気恥ずかしさに視線を逸らすと、ドライゼはふ、と小さく笑った。
「あなたの役に立てるのは嬉しいが、顔が見えないのはさびしいと思っていたからな」
「……さっきの、聞こえてたの?」
「何のことだろうか」
 怪訝そうなドライゼは、からかっている様子もない。ただ思ったまま告げただけなのだろうが、同じことを考えていたのかと思うと、嬉しいような恥ずかしいようなくすぐったい感じがする。
 ドライゼは紅茶を一口飲み、それからシュトレンを口に運ぶ。マスターも同じようにそれを食べ、ふわりと花のような笑みを浮かべた。ほんのり感じるラム酒の香りと、レーズンやオレンジの酸味。雪のような粉砂糖が程良い甘さを足している。
「うん、美味しい」
「……貴銃士になってから初めて迎えるクリスマスだというのに、なんだか以前から知っているような、不思議な感じがする」
 ドライゼを見上げ、マスターはぱちりと目を瞬かせた。自分が感じるのと同じ、懐かしいという感覚だろうか。実際に食べるのは初めてでも、彼を構成する記憶の中には刻まれているのかもしれない。
「故郷の味、だからかな?」
「そうかもしれないな」
 ドライゼにとっても、少女にとっても故郷と呼ぶのは同じ地だ。といっても、ドライゼが生まれた時代と今では名も形も違うから、厳密に同じというわけではないけれど。しかも、少女は半分は他国の血をひいている。それでも、ドライゼには親近感のようなものを抱いていたし、同郷という意識があった。
「静かだね」
「あぁ」
 流れる時間は穏やかで、心地良い。ずっとこうして一緒に居たいが、そうも言っていられない。あとほんの少し、この一杯を飲み終えるまで。
 他愛のない会話をしているうちに楽しい時間は終わりを迎える。
 ドライゼは手元のシュトレンを最後まで食べると、名残惜しそうに指についた粉砂糖を舐めた。
「マスター、今日は楽しかった。あなたと過ごせてよかった」
 立ち上がり、片付けは俺が、と食器の乗ったトレイを手に取る。
 少女はその背を追うように、声をかけた。
「また、明日も一緒に食べましょう? 明後日も、その次も……クリスマスが来るまで、一緒に」
「そうだな、楽しみにしている」
 振り返ったその顔は、柔らかな笑みを湛えていた。少女は頷き、今度こそその背を見送った。胸に確かな、温かい気持ちを残して。

 2018/12/02公開

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