普段は殺風景なレジスタンスの基地も、今はハロウィンの飾り付けがされて少し賑やかになっている。資金に余裕があるわけではないが、こんな時くらいは楽しもうと誰かが始めたのだった。
 小さな子供はあまり多くないけれど、レジスタンスのメンバーや貴銃士達も、なんだかんだと楽しそうだ。
 もちろん、貴銃士達のマスターである自分も、いつもと違う空気に少し浮かれていた。マスターであり、メディックとしてレジスタンスにいるけれど、本来はごく普通の何処にでもいる少女なのだ。イベントには興味もある。
 基地内を歩いていると、食堂の入り口に双子の姿が見えた。ニコラとノエルだ。両手にはいっぱい菓子が詰まった籠を抱えている。
 最初は『そんな子供みたいな行事興味ない』と渋っていた二人だが、敬愛するナポレオンに『イベントは全力で楽しむものだ』と諭され、またナポレオン自ら楽しんでいる姿を見て考えを改めたらしい。子供達に混ざり、大人達から菓子を貰っていたようだ。二人とも笑顔を浮かべている。
「あ、マスター」
 マスターの姿を見つけて、ノエルがはにかんだ。
「すごい、いっぱい貰ったね」
「あとで陛下にもお見せするんだ」
 ニコラが胸を張る。これだけの戦利品を見せればナポレオンに褒めて貰える、とそう期待しているのだろう。それから、一緒にこの菓子を楽しむことを。それを想像したら微笑ましい気持ちになって、自然と口元が緩んだ。
「そうだ、食堂で美味しいクッキー貰えたよ」
「マスターもいってみたら?」
 双子に促され、考える。自分はお菓子を貰って回るような歳ではないのだけれど、そういえばタバティエールがハロウィン用に菓子を作ると言っていた。
 子供ではないのだが、タバティエールの作った菓子には惹かれる。
 本来は子供達の為のもの。もし、余ってたらでいいから貰えないかなー、なんて下心全開で様子を見に行くことにした。
 双子に手を振って食堂の奥に行くと、タバティエールが椅子に座っていた。他に人はいない。
「マスターちゃん」
 柔らかな笑みを浮かべる彼の近くに寄り、マスターはお決まりの言葉を告げる。
「タバティエール、トリックオアトリート!」
「残念、丁度品切れだ」
「そっかー」
 まぁ、無かったなら無いで、仕方ない。彼の作った菓子は食べてみたかったが、また時間のあるときにでも頼めば作ってくれるだろう。
 子供達の為に頑張ってくれた彼に、労いの言葉をかけて戻ろうとしたその時。
「あげられるお菓子はないけど」
 不意に、タバティエールがマスターの手を取った。
「……代わりに、俺に悪戯してみる?」
 甘く囁くような声。そして、手の甲に――マスターの証である薔薇の傷に触れた、柔らかな感触。
「……!?」
 口づけられたのだと理解した瞬間、マスターの顔が耳まで赤く染まる。
 なに、何を言っているのこの人。っていうか、今……!
 混乱する自分を見て、タバティエールは吹き出した。
「なぁんてね、冗談。はい、これマスターちゃんの分」
 欲しかったんだろ? と、隠し持っていたらしい包みを、マスターの手に握らせてきた。その顔はいつも通りの笑みを浮かべていて、さっきのは錯覚だったのかと思うくらいだった。
「あ、あ……あ……ありがとう、ございます!」
 マスターは上擦る声でそう告げて、逃げるようにその場から走り去った。

 食堂の外に出て、ようやくマスターは手の中の物をみた。受け取ったそれは綺麗に包まれ、リボンが巻かれている。自分の為にわざわざとっておいてくれたのだ。
 その気遣いは嬉しいのだが、それ以上に、さっきの衝撃が強すぎた。決して嫌だったわけではない。驚いただけなのだけれど。
 ……薔薇の傷が熱を持っているようだった。それだけじゃなくて、顔も、耳も。それに鼓動が落ちつかない。
 まんまと彼に悪戯に引っかかったのが、少し悔しい。
「……ばか」
 小さく呟いた声は、誰の耳にも届かず。ただ、包みの中のジャックオランタンだけが、笑っているのだった。

 2018/10/11公開

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