夏休みもあけて、まだ暑さが残るこの季節。暦の上では秋だって言うし服やら食べ物やら色んな店で秋のものが出てくるけれど、まだ秋らしさというのはそれくらいしか感じられない。
今年はお月見ライブで忙しかったけど、それも終わって落ち着いた。蓮巳は生徒会の仕事でまた忙しそうだが、俺は部活とか家のこととか、依頼の縫い物が多少あるくらいの日常だ。そんな中で、放課後のささやかな予定を楽しみに、今日一日授業を頑張ってきた。たまには自分へのちょっとしたご褒美、みたいなもんだ。
下駄箱へ向かっていると、その手前の階段で蓮巳に会った。いつもなら生徒会室に向かってるだろう時間なのに。
「旦那。この時間に珍しいな、今日は帰るのか?」
「あぁ。空調の設備点検ついでに、コピー機の点検やら清掃やらを英智がまとめて入れてしまったのでな……。今日は生徒会室に入れん。もっと早く分かっていたらユニットの練習を入れたかったのに、まったく。当日に言うやつがあるか」
蓮巳はぶつぶつと文句を言い続けている。当日に、ねえ。天祥院の奴がそんな無計画なことをするとは思えないから、わざと黙ってたんだろうな。多分、こいつを無理矢理にでも休ませるために。
そして今日はユニットでも集まれない。俺は別に変更できる程度の予定だけど、神崎は部活の方でどこかに行くらしく、深海を呼びに来ていたのを見た。挨拶程度に会話したけど、嬉しそうだったな。
「まあ、たまには旦那も休んだ方がいいんじゃねえか」
「休んでいても書類が片付くのならそうするんだがな」
度し難い、とため息をついて、首を振る。はは、これは相当腹を立ててるな。
「貴様はどこかに行くのか? やけに楽しそうだったが」
「ん、ああ。今日は妹も友達の家に行くって言うし部活もねぇから、久々に何か食って帰ろうかと思ってよ。今は期間限定のハンバーガーとか色々出てるだろ?」
「そういえばCMをよく見るな」
テレビでも街を歩いていても、あちこちに広告が出ている。色んな店舗でやってるの、どれも美味しそうだから迷っちまうんだけど。
「旦那も行くか?」
「は?」
何気なく誘ってみたら、目を丸くしている。そんなに驚くことねぇだろ。でもよく考えてみたら、俺みたいな一般家庭はともかく、この学院に通うようなお坊ちゃんたちは行かないのかもしれない。
「いや、悪ぃ、旦那はあんまりそういうの食わねぇか」
「なぜ謝る。まあ、たまにしか行かないが全く利用しないわけではないぞ。仕事先や移動合間で時間がない時などは便利だしな」
ちょっと意外だったけど理由を聞いたら納得した。確かに、大体どこにでもあるし早く出てくるもんな。俺もその為に利用する時はあるし。時間がある時はなるべくちゃんとしたもの食うようにしたいけど。
「そうだな……」
蓮巳はしばし考えて、それからふっと笑った。
「たまには貴様とゆっくり話をするのも良いかもしれないな」
「そ、そうか」
蓮巳がすげぇ優しい感じで笑って言うから、ちょっとだけドキっとする。やっぱり旦那は綺麗な顔してるよな。学院にいると、大体いっつも怒ってるか眉間に皺寄せてるから、こういう表情はなかなか珍しい。
「んじゃ、行こうぜ」
お互い靴を履き替えて、それから駅近くの店へと向かった。
夕方のこの時間は、晩飯には少し早いけれど学校帰りの学生で賑わってたりする。とはいえ、座れないほど混んでるわけでもなさそうだ。空いてる席に適当に荷物を置いて、注文のために並ぶ。
さて、どうするか。今年新しく出たバーガーのセット、ポテトとドリンクはサイズ上げて、ナゲットも食うか。ソースが限定のあるし。デザートのも美味そうなんだよな。これもつけるか。
なんて調子に乗って頼むとそれなりの値段とかカロリーになるけど、たまにはな。節約とか節制とか、今日くらいはお休みだ。別の日に調整すればいいんだし。
できあがりを待って、席に戻る。とっておいた席には、蓮巳の方が先に座って待っていた。スマホで何やら文字を打っていたが、俺が正面に座ると、スマホを置いた。
蓮巳が頼んだのは期間限定の定番のやつと、サラダと珈琲か。
「少ねぇな。それで足りんのか? あ、晩飯前だからか」
「いや、晩飯だが……」
「は?」
もう一度蓮巳のトレーを見る。……晩飯? これだけで?
唖然としていると、蓮巳もまた俺のトレーを見て眉を顰めた。
「……えっ? 貴様のそれは晩飯ではないのか」
「いや、晩飯は帰ってから作るよ。昨日の残りをアレンジするだけだけど」
蓮巳は、ぽかん、と口あけてる。いや、俺もそれだけで足りるとか信じらんねぇんだけど。俺、晩飯にするならあと二個くらいはバーガー追加するし。これは間食っていうか、帰ってからちゃんと作って食うつもりでいたんだけどな。
それにしても、あまりにも生活が違い過ぎてびっくりする。庶民とお坊ちゃんの差、というよりはただの個人差だろうなぁ。いかにもお坊ちゃん、みたいなのでも結構食うやつはいるし。
俺はまだ湯気を立てているポテトを、ケースごと手にとった。それから、がさっと、ポテトの半分くらい蓮巳のトレーに乗せてやる。
「いや、おい、何をしている」
「てめぇは細いんだからもっと食え」
「しかし、貴様が食べる為に買ったものだろう」
「いいっての。見てる方が不安になる」
「貴様が食べる量が多いだけだと思うが」
俺は確かに大食らいの自覚あるけどよ。だとしても、蓮巳のは普通の量より少ねぇだろ。仕事先とかでもっと食べてるのも見たことはあるけどさ。あんまり食べてないと、体調悪いのかとか心配になってくる。
「無理はしなくていいけどよ。食えるんならもう少し食えや」
「……そうか、ではありがたく貰っておく」
俺の言いたいことが伝わったんだろう、蓮巳は反論を諦めて、トレーに盛られたポテトに手を伸ばした。
「だが、一方的に貰ってばかりでは悪いからな、今度何かで返そう」
「そうかよ」
別にこれくらい気にしなくていいのに。と思うけれど、こいつの性格的に大人しく頷いておいたほうがいいんだろうな。それに、次の約束があるのは嬉しいから。
「ふふ、たまに食べると美味いな」
「揚げたてだったしな。ソースつけても美味いぜ」
フライドポテトって色んな店にあるし、たまに行くファミレスとかでも、妹が小さい頃から好きでいつも頼むけど。なんだろう、店によって全然違うけど、誰かと一緒に分け合って、っていうのが一番美味いのかもな。それが、大事な相手なら尚更。
「ん、なんだ?」
「いや、なんでもねぇよ」
ついじっと見つめてしまったせいか、もそもそとポテトを口に運んでいた蓮巳が、怪訝そうに顔を上げる。
「なんでもないことはないだろう」
なんか正直に言うのも気恥ずかしくて、敢えて誤魔化した。
「可愛い食べ方してんなと思ってよ」
「俺の何を見てそう言うんだ、度し難い」
だって一本ずつちまちま食べてるから。なんか小動物を思い出すっていうか。
「なんかこう、餌付けしたくなる感じ」
「な、流石にやらんぞ!」
「ふはっ」
ポテトを口元に一本差し出してみれば、流石に拒否された。いや、ここで食われても反応に困るけどさ。
その後は食べ終わるまでの間、他愛ない話をして過ごした。仕事に関する話はこういう人の多いところではしづらいから、最近読んだ漫画だとか、行った店だとか、本当に雑談ばかりだ。大体は蓮巳が話すのを聞いてたけど、秋服の流行の話とか衣装に使えそうな手芸用品の店見つけたこととか、俺からはそんな話もした。
だらだら食べながら、一時間もしないくらい。それでもきっと息抜きにはなったんだと思う。店を出る頃には、蓮巳の表情は柔らかく解けていた。
「今更だけど、晩飯だっていうならもっとちゃんとしたとこにすれば良かったな」
「うん? 貴様が食べたかったのだろう。俺も楽しかったし、気にするな」
「いやてめぇがいつも、まともなもん食ってねぇからだろ」
「それを言われると返す言葉もないが」
エナドリとか栄養食みたいなやつ、それに頼ってばっかなの、よくねぇだろうに。ファストフードもなあ、たまに食べるのはいいけど、栄養とか考えると色々足りねぇしな。
「あ、定食の美味い店も近くにあるぜ。メニューも肉とか魚とか色々あって、野菜もたっぷり入ってるし。今度行ってみねぇか? 神崎も誘って」
「そうだな。その時は三人で行こう」
二人で、と気軽に誘えるほどの関係でもないけれど、ユニットの三人で、なら誘いやすい。というと神崎を口実に使ってるみたいだけど、三人でもっと過ごしたいのも本心だ。蓮巳はどうも、忙しいからな。
なんだか別れるのが惜しい気持ちもあるけれど、せっかく早く帰れるのだからこれ以上引き留めても悪いだろう。少しは家で休んで欲しいし。
「それじゃ、俺は帰るな」
「ああ、鬼龍。誘ってくれてありがとう」
こんなに嬉しそうな顔で、素直に礼とか言われて。声、かけて良かったな、って思った。一緒にいた時間、あっという間だったし。なんかもう、本来の目的より、楽しんでたし。
「また、学校でな」
「っ、ああ、気をつけて帰れよ」
未だに騒いだままの心臓は、しばらく落ち着きそうにないけど。
空を見上げれば、薄らとまるい月が映っていた。
2024/09/26公開
