夢も見ないほど、深く深く眠っていた。目が覚めた時には、既に昼の方が近いくらいの頃合いだった。いつもより三時間以上は遅い起床だ。
 昨夜はどうしても寝付けなくて、外に出て、政宗とばったり会って、少し話をして。
 それで気持ちが落ち着いたのか、朝方になってようやく眠ることができた。
 今日は時間を気にせずゆっくり眠れ、と政宗のアドバイス通り、自室に戻ってから自然に目が覚めるまで休んでいたのだけれど。よく眠れたからか、気分もすっきりしていた。
「頑張らないと」
 いつも朝からしていた勤めは休んでしまったのだ、これから挽回しなければ。
 まず何からしようか、と考えるけれど上手く頭がまわらない。そういえばお腹が空いたな、ということにようやく気がつく。なんだか疲れてしまって夕食もあまり食べる元気がなくて、胃に優しそうな軽いものを作ってもらったし。それから遅くまで起きていて、今まで眠っていたのだ。
「食事処、誰かいるかな」
 宿舎にも調理場はあるけれど、今は誰かと一緒にいたい気分だった。
 八葉はいなくても精霊たちはいるはずだ。自分で何か作ってもいいし。
 そんなことを考えながら灯は身支度を調えて、部屋を出た。

 まだ昼には少し早い時間で、席はだいぶ空いていた。席に着いている精霊たちもいるが、少数だった。これから昼にかけて増えていくのだろう。調理場では昼に向けての仕込みをしていたらしい精霊たちの歌が聞こえる。その歌に合わせてくるくると鍋の中でおたまが回っているのは、何度見ても不思議な光景だった。
 灯の姿に気づいた精霊が、ふわふわとこちらに近づいてくる。
「あ、神子さま、何かお作りしましょうか」
「お邪魔してしまってすみません。皆さんは準備があるでしょうし、調理場の隅を貸して頂ければと」
「お邪魔なんてとんでもない! 何でも自由にお使いください」
 と、その時、背後から聞き慣れた声が飛び込んできた。
「神子さんじゃねぇか。あの後は眠れたか?」
「はい、おかげさまで。ちょっと寝過ぎた気もしますが」
「よく寝て飯が食えりゃ大体のことは大丈夫ってもんだ。これから昼餉か?」
「朝兼昼、という感じですね」
 確かに政宗の言う通り、よく眠れてご飯を食べる元気があるのだから、まだ自分は大丈夫なのだろうと思える。そういう風に思えるのは、政宗の言葉の力もあるのかもしれない。彼が言うなら本当にそうなのだろう、と前向きに思える信頼感がある。
「政宗さんも、これからお昼ご飯ですか?」
「そうだな、何か作らせて貰おうかと思ってたんだが」
 動き回っている精霊たちの他に灯と政宗まで動き回っていると、少々手狭かもしれない。調理場自体はそれなりの広さだけれど、実際に作業をするスペースは限られている。政宗は何度もここで料理をしているようだし、あまり使ったことのない灯が場所を占拠して追い出してしまうのも申し訳なかった。それならば、と浮かんだ言葉を伝えてみる。
「あ、よかったら、今日は私からご馳走させてください。いつもいただいてばかりですし」
 食事を作ってもらったりするのもそうだが、昨夜は辛い時に傍に居て気持ちを落ち着かせてくれたのだ。懐が広いというか情が深いというか、神子と八葉という立場もあるのだろうけれど、それだけではない政宗の人柄なのだと思う。
 そういうのも含めて、本当に受け取ってばかりで。少しでも何か、返したかった。
「その、あまり手の込んだものが作れるわけではないのですが」
 レシピがあればある程度は作れるだろうけれど、何も見ずに作るとなると普段作っていたような簡単なものになってくる。あとは、この調理場にある道具と材料で作れるものという制限もあった。料理の上手な政宗に作るのは緊張するけれど、人に出せるくらいのものは作れるはずだ。
「神子さんの手料理が食べられるなんて役得だな。楽しみにしてるぜ」
 そんな気持ちも汲んでくれたのか、政宗はいつも通りの笑顔で告げて、調理場を出ていった。テーブルに着いたら、精霊たちが引き寄せられるように寄っていくところまで見えた。奥州で人に囲まれていたのと同じように、ここでは精霊たちによく囲まれている。
 彼は食事ができるのを待っている間、精霊たちの話に耳を傾けているのだろう。
 退屈はしないだろうけれど、あまり待たせてしまうのも忍びない。それに自分もお腹が空いているし。
「お昼ご飯だから、食べ応えのあるものがいいよね。お米を使った料理かな」
 何を作ろうか材料を見ながら考えていると、以前政宗とオムライスの話をしたのを思い出した。食べたことがあるということは材料や道具が揃っているということだし、それならレシピなしでも作れる。
 材料を探してみれば、炊いてある白米に、鶏肉と卵、玉葱や人参、ピーマンなどがある。ケチャップの入った瓶も見つけた。バターは見当たらなかったけれど牛乳があったので、卵に少し入れることにした。念のため調理場の精霊たちにもらっていいか聞いてみれば、もちろんです! と快くわけてくれた。
 野菜を細かく切ってから、鶏肉も同じくらいの大きさにする。油を引いて熱したフライパンには、鶏肉を入れて先に炒めておく。それから野菜を足して下味をつけ、しんなりするまで炒めてから、ご飯を足す。
 何度も作った手順をなぞっていると、気持ちが落ち着く気がした。
 最後にケチャップを入れて混ぜれば、こちらは完成だ。
 できあがったご飯をお皿に二人分盛り付けて、形を整えた。政宗は自分よりも食べるだろうから、少し多めにして。それから別のフライパンで卵を焼く。
 卵は半熟にして、ふわりと乗せる形にした。どこから仕入れているのかはわからないけれど、ここにある卵は新鮮だから、半熟のとろとろ感を残した方が良いかと思ったのだ。
 オムライスは昔、家族に作ったら、おいしいって褒めてくれた。特に弟が気に入って、その後も何度か食べたいとせがまれて作って。家庭のあり合わせで作るありふれたオムライスだろうに、喜んでくれるのが嬉しくて、そんな弟が可愛くて、ケチャップで絵や文字を書いてみたりして……。
 そんなことを思い出し、政宗のオムライスにも何かメッセージでも入れてみようかと考える。
 けれどここにあるケチャップは瓶詰めで、元の世界のようなチューブタイプではない。流石にスプーンで掬って文字を書くのは難しいので、諦めようかと思った時に、ふと思い浮かんだものがあった。
 スプーンで卵の上にケチャップを乗せ、少しずつ形を作っていく。自分の分はそのまま乗せた。
「お待たせしました」
 できあがった二皿をテーブルに運ぶんで、大きい方のオムライスの皿を政宗に差し出した。
「おむらいすか。美味そうじゃねぇの」
 ケチャップで描かれた模様を見て、政宗は灯に問いかけた。
「この模様は猪目か?」
「いのめ?」
「猪の目で猪目。魔除けに使われたりする模様らしいが、違うようだな」
 政宗は皿の向きを変えて、模様の正しい方向を探っている。自分が意図していた向きを伝えてから、どう説明したものかと困惑する。
「えーっと、私の世界だとハートマークと言いまして……」
 これでは好きな人に出すものみたいになってしまって、もっと考えて作ればよかったなんて今更ながらほんの少し後悔する。けれどまだ何も伝えていないのに、政宗は納得したように頷いた。
「神子さんの様子を見るに、愛の告白、とかか?」
「えっ!」
「真っ赤になっちまって、可愛いじゃねぇか。神子さんの反応を見てりゃ、想像はつく」
 確かに顔が熱いけれど、そんなに真っ赤になっているのだろうか。何重にも恥ずかしい。
「いえ、その、これなら描けそうって何も考えてなくて……深い意味は、なかったんです、すみません」
「ははっ、そいつは残念」
 あまり残念そうに見えない笑顔でそう告げて、政宗はスプーンを手に取った。
「美味いよ、神子さん。初めて食った時も美味いと思ったが、神子さんのはまた違ってていいな。野菜もいっぱい入ってるし、優しい味がする」
「気に入って頂けたならよかったです」
 味見はしたしいつも通りの味だけれど、政宗の口に合ったようで安心した。
「この前の、しっかり焼いた卵で米を包んでいたのもよかったが、半熟部分を残した卵を乗せるのも絶品だ。違った魅力がある」
「この前も少しお話しましたが、中のご飯の種類やソースとの組み合わせでも全然違うものになりますよ。オムライス、手軽に作れる料理でもありますが、私の世界では専門店もあるくらいですし」
「へぇ、そう聞くと色んな組み合わせを試してみたくなるな」
 今日は見つけられなかったけれど、バターがあればホワイトソースや、本格的なものは難しいかもしれないがデミグラスソース風のものも作れるだろう。
「なあ神子さん。今度は一緒に作らねぇか? オレにも神子さんの作り方を教えてくれよ」
 料理慣れしている政宗ならば、おおよその作り方の検討はついているのかもしれないし、口頭で説明すれば一人でできるとは思う。以前もそうして作っていたし。でも、政宗と並んで一緒に料理をするのは楽しそうだ。
 今までは振る舞ってもらう方が多かったけれど、政宗が嬉しそうに料理をしているのを、隣で見ていたいという気持ちもあった。
「はい、是非」
 些細な約束一つでこんなにも胸が満たされていく。一緒にいられて嬉しいと思う。
 食事をしながらあれこれと予定を立てているだけで、気持ちが明るくなっていく。
 彼の明るさは、紡がれる言葉は、自分の心を太陽のように照らしてくれる。それが心地よくて、時にはドキドキしたりして。あっという間に過ぎて行く時間を楽しんでいた。
 ……その感情の正体に、今はまだ無自覚なまま。

 2026/01/22公開