午前中、仕事に出る前の時間。蓮巳は自分の寮室でティーバッグの紅茶を淹れながら、テレビに耳を傾けていた。
今日は平日だが、蓮巳と氷鷹だけでなく紫之も仕事の日なので、全員がまだ寮室にいる。蓮巳の希望で朝の情報番組を流しているが、二人とも仕事の支度をしながら、たまに画面を追っていた。
紅茶の最適な時間になったのでティーバッグを取りだして、飲む前に一枚写真を撮る。
紫之が貸してくれた洒落たティーカップと揃いのソーサー、傍らには今日の日付と同じ数字の書かれた包み。
写真を撮り終えたところで、女性アナウンサーの声が聞こえた。
『では続いてのコーナーはこちら! 今話題のあのスポットを、アイドルたちが紹介します♪』
コーナー紹介の映像が流れ、その後屋外の画像に切り替わる。そして、見慣れた顔が画面に映った。
『本日担当するのは、紅月の鬼龍紅郎と』
『神崎颯馬である!』
『俺たちが来ているのは――』
隣の県にある、綺麗な商店街。落ち着いた雰囲気があり、行列ができるような飲食店などもある、若者にも人気のスポット。商店街と、その中で一押しの店を紹介する。
本当は紅月に来ていた仕事だったが、蓮巳はドラマの撮影が先に入っていたので、鬼龍と神崎が二人で行った。三人揃っていないとできない仕事でもなかったし、任せても問題ないと判断した。……本音を言えば、一緒に行きたかったが。誰かがいない状態での仕事も、珍しいことではない。むしろ、ESの他のアイドルたちもこのコーナーに出ることがあるが、人数が多いユニットだと全員が揃っている方が珍しいくらいだ。
二人は商店街を進んで行き、入ったのは紅茶の専門店だった。茶葉や焼菓子の販売と、小さな飲食スペースがある、若い夫婦が経営する店。店主の話を聞き、それから店内を見て紹介していた。
紅茶が好きな紫之の方をちらりと伺うと、支度の手を止めて蓮巳の隣に座り、目を輝かせて画面を見ていた。それに思わず口元が緩む。
『我は普段、緑茶を飲むことが多いが、紅茶も好きなのである』
『紅茶はそのまま飲んでも、ミルクとか足しても美味いしな。これはミルクティーにお勧めって書いてある』
冬はミルクティーに合う茶葉が人気で、こんな種類がある、と店主からの説明があった。それから何種類かの紅茶を二人が試飲して、コメントする。
最後に店内で二人が買い物をする、という流れだ。
『俺は仕事で世話になったいっちゃん……斎宮に。缶も洒落てるし、気に入って貰えるんじゃないか』
『我はあどにす殿に。先日、お土産をもらったので、お返しに』
画面には名前があがった二人の紹介が入れられている。
蓮巳は紅茶を一口飲み、画面を見つめていた。
棚を見ていた神崎が、何かの商品を見つけたようだった。
『これは、なんであろうか』
『カードにアドベントカレンダー、って書いてある。よく菓子とかで見るけど、紅茶もあるんだな』
クリスマスまで毎日、違う紅茶が楽しめる、というものだ。中身の紅茶は店内で扱う紅茶から店主夫婦が選んだもので、この店オリジナルの商品だと言う。
鬼龍と神崎は顔を見合わせた。
『なあ、神崎』
『うむ、我もきっと鬼龍殿と同じ考えである』
鬼龍はニヤリと笑い、神崎は頷く。それからアドベントカレンダーを手に取って、鬼龍が言った。
『これは俺たちのリーダーである蓮巳に。リーダーは仕事が多いし、この時期は特に忙しそうにしてるしな』
『美味しい紅茶で、一息ついて欲しいのである!』
二人の言葉を聞いて、蓮巳は手元の紅茶と、それから数日分減ったアドベントカレンダーの箱を見つめた。
紫之がうっとりと目を細めて呟く。
「素敵なプレゼントだと思ってましたけど、そういう理由だったんですね!」
「うむ……俺も今初めて知った。ロケに行った日に土産だと寄越してきて、毎日写真を撮って送れ、などと言ってきただけだからな」
ロケの報告と一緒に渡され、鬼龍に『毎日、写真送ること。できたら甘〜いご褒美やるから』と言われたのだ。
十二月に入ってからの数日間、理由も知らず、毎日言われた通り律儀に紅茶を淹れて写真を撮って送っていたわけだが。これ、全国放送じゃなかったか。なんだか気恥ずかしい。
「温かいものを飲むとリラックスできるから、忙しい蓮巳先輩にはぴったりの贈り物だと思う。……紅茶を飲んでいる時の先輩は、幸せそうな顔をしているしな」
「そんな顔をしていたか」
「ああ」
「はい! 見ているぼくたちまで幸せになれる笑顔です」
後輩たちにそうまで言われては流石に恥ずかしい。
「毎日飲んでいるが、かなり美味しいんだ、この紅茶。適した淹れ方もパッケージに書いてあるし」
「今度、サークルのみんなと行ってみようと思います」
自分も買いに行ってみようか。そう思えるほど、美味しく感じられる。二人から貰ったものだということもあるけれど、茶葉の質が良いのだ。
話しているうちに目的のコーナーは終わった。CMを挟んだら、次のコーナーが始まる。
「っ、と、そろそろ出なければ。行ってきます」
氷鷹が荷物を持って部屋を出て行くのを見送ると、紫之は立ち上がり、出かける準備を再開した。蓮巳は支度も終わっているし、もう少し時間に余裕がある。
紅茶を飲みながら、蓮巳は仕事用のSNSを起動する。昨夜鬼龍が投稿していた番組の宣伝に付け加える形で、さきほど撮った紅茶の写真を添え、コメントを作成する。
これは番組の宣伝、そしてお店の宣伝の一環。仕事の範囲だから、あまり砕けすぎず、固くなりすぎず……番組は見てくれただろうか、貰った紅茶は毎日頂いている、とても美味しいのでぜひ味わってほしい、など、無難なことを。あくまで、真面目で硬派な紅月のリーダー蓮巳敬人らしい、文章を。
……でなければ、鬼龍たちの話や紫之たちの話が頭をちらついて、余計なことまで書き込んでしまいそうだったから。
番組は好評だったようで、アドベントカレンダーはあの後すぐに売り切れたらしい。紅茶の店のSNSでそんな報告があがっていた。他にも、紅茶を求めて来店する客が増えたという話は耳に入った。単純に番組を見て興味を持った人、紅月のファンの人たち、それと斎宮や乙狩のファンも訪れて、同じ紅茶を求めていたのだとか。元々人気のコーナーではあったが、この反響には事務所も満足していたようだった。
それからも毎日、蓮巳は紅茶を飲む時間を作っていた。寮に帰ってからの一杯だったり、朝出かける前に飲んで気合い入れたり、書類仕事が煮詰まった時の気分転換にしたり。時間のあるときは菓子を用意して、優雅なティータイムを楽しんだ。泊まりのロケの日には、外出先に持っていった。箱は置いてティーバッグだけ持ち運べるので、数日分を荷物に入れても邪魔にならない。
お湯を沸かして、紅茶を淹れて、写真を撮って二人に送る。それから飲み終えるまでの時間は、そんなに長いものでもない。けれど、毎日の習慣のようになっていたそれが、目に見えて減ってくる頃には、寂しい気持ちの方が勝っていた。
これはクリスマスまでのカウントダウン。本来なら、クリスマスの日を楽しみにするもののはずなのに。
そして二十四日、クリスマスイブの夜。
蓮巳も夜が空いているだけで先ほどまで仕事をしていたし、鬼龍と神崎はまだ仕事から帰らない。そんなわけで今年はイブも当日も一緒に過ごすことはできないのだが、こうした日に仕事がある方がアイドルとしては良いことなのだろう。イベントや記念日があっても当日に予定を合わせるのが難しいというのは、この仕事の難点でもあるけれど。いや、二人の活躍こそが何よりも嬉しいプレゼントだ。
鬼龍と神崎に贈るものは用意してある。明後日には仕事で一緒になるから、その時に渡せばいい。
寮内に人がいないわけではないけれど、今日は部屋で静かに過ごしたかった。氷鷹と紫之も仕事から帰るのはもう少し後だから、しばらくは一人でいられる。
これが最後のティータイム。
また紫之に綺麗なティーカップを借りて、今日は小さな一人用のクリスマスケーキを添えた。一人分だけ買うのも躊躇われて、同室の二人の分も買ってある。まあ、頑張っている後輩たちに、ささやかなプレゼントだ。待っていると遅い時間になるから、自分は先に食べてしまうけれど。
今日の紅茶はケーキによく合うダージリン。紅茶の香りとケーキの甘さが疲れた身体に染み入る。この紅茶を送られていなければ、写真を用意する必要がなければ、わざわざクリスマスケーキなんて一人で食べようと思わなかっただろう。写真の為、というよりは二人の気遣いへのお礼のようなもの。
紅茶に口をつけ、ふと微笑む。
本当に楽しかったんだ、今日まで。だから最後まで、おまえたちがくれた最高の時間を精一杯過ごしたかったんだ。
食べ終えた食器の洗い物を済ませ、シャワーを浴びて、就寝の支度をしていた頃。
仕事から帰ってきた鬼龍に呼び出された。
「旦那、起きてたか」
「そろそろ寝ようかと思っていたんだがな。どうした?」
ひとまず、誰もいないなら廊下で立ち話をするよりいいだろうと、部屋の中に招き入れる。
「ん、これを渡しておこうと思ってよ」
鬼龍が渡してきたのは小さめの紙袋だ。中には、手のひらに収まるくらいの包みが入っている。一つ取りだしてみると、数字が書いてあった。よくみると、二十五日から三十一日までの数字が書かれているのだと分かった。
「なんだ、これは」
「ん? 新しいアドベントカレンダー」
なんだかめちゃくちゃな返答が聞こえた気がする。
「いや、クリスマスが終わったらもうアドベントではないだろうが……」
「細かいことは気にすんなって」
それは細かいことなのだろうか。言葉の意味も商品の意味も完全に無視しているが。と、指摘したい気持ちもあったが、とりあえず話が進まないので置いておくことにする。本題はそこではない。
「毎日の習慣みたいになってたの、終わったら寂しいだろうと思ってよ。今年いっぱいの延長戦だ」
「延長戦」
「俺と神崎が選んだ菓子と……あとは開けてのお楽しみだ。一日一個だぞ」
なんだか子供に注意するみたいな口調で言われ、苦笑する。流石にいっぺんにあけて食べたりなどしない。
「……旦那はまださ、忙しいだろ。特に年末。だから神崎と考えたんだ」
「そうか」
「渡した時にさ。毎日できたら、甘~いご褒美やるって言っただろ。旦那なら絶対、達成してくれると思って最初から用意してたんだ」
「はは、まさか文字通りの甘い物、ということか。それは予想外だったな」
「まあ甘くない菓子も入ってるし全部じゃねぇんだけどな」
それから部屋を軽く見回し、氷鷹と紫之はいないよな? と確認してくる。蓮巳が頷くと、背中に腕をまわされた。抱きしめられて、肩にもたれて目を閉じる。落ち着く、ここが一番。
「……二人とも、もうすぐ帰ってくると思うが」
「だよな。……だから、これだけ、な」
するりと頬を撫でられ、上向かされる。意図を察して目を閉じると、唇が触れてすぐに離れた。しばらくは、こういうのもお預けかと思うと名残惜しいが。
「今年はもう、仕事以外で一緒にいられる時間ないけどさ。ちゃんと毎日、休めよ」
みんな仕事はあるが、年末年始は実家に帰ることになる。鬼龍は明日から年明けまで実家に戻ることになっているし、仕事もそっちから通う。妹が冬休みに入るのもあって、家の大掃除やら正月の準備やらをするそうだ。
蓮巳はそのあたりは家族に任せているけれど、年末年始は流石に帰省して、仕事以外の時間は手伝いをする。紅月としての仕事はいくつか入っているのでその時間は一緒にいるけれど、お互い個人の仕事も入っているのであまり長くは過ごせない。それでも。
「まだすぐに会うけど。来年もよろしくな」
「ああ。来年は更に飛躍できるよう、俺も精一杯努力しよう」
だって、こんなにも愛しい仲間たちを、もっと、もっと、輝かせてやりたい。
「もちろん、適度に休憩しながら、な」
もらった袋を腕の中に抱きしめる。
一杯の飲み物と甘いもの。なによりも二人の想いが、癒やしと活力を与えてくれるから。
後日、蓮巳の手元にあった空のアドベントカレンダーの箱には、新たに小さな手紙が収まることになる。延長戦分の菓子に添えられた、七枚のメッセージ。それは蓮巳の実家の部屋で、誰の目にも触れない場所に、大切に仕舞い込まれている。
2024/12/24公開
