十月も終わりに近づき、ES内もハロウィンイベントに向けて賑わいをみせている。
今日はイベントのリハーサルのあとは特に予定もなく、二人で鬼龍の寮室でのんびりと過ごしていた。
鬼龍はベッドの上で暇つぶしにやっていた縫い物の続きをしているし、蓮巳は鬼龍の隣に座って、持ち込んだ本を読んでいる。
いつもは衣更と二人部屋のようになっている鬼龍の寮室も、海外にいる二人が戻ってきているのでここ数日は珍しく全員が揃っている。けれど今はみんな出かけてしまっているので、蓮巳がこちらに来たというわけだ。衣更と瀬名は仕事で、斎宮は影片と外出。四人部屋なのに一人になることは決して珍しくもないけれど、どうせ誰もいないのならば蓮巳と一緒に過ごしたかった。明日は朝から仕事があるから、この後は夕飯を一緒に食べて多少話なりして、解散する予定だ。それでも、すぐに帰れる距離だから、その分長く一緒にいられるのは同じ寮に住む利点だと思う。
「そういや今日はかなり盛り上がってたな」
「ああ。本番も盛況だと良いんだが」
プロデューサーを交えてのリハーサルは、笑いがあがったり悲鳴があがったり、相当賑やかだった。今年は『嘘つき狼ゲーム』ということでアイドルたちがそれぞれ話を考えるようにと言われたが、やってみると案外楽しかった。
「嬢ちゃんに当てて貰えたのはちょっと嬉しかったな。悪戯してみたかった気もするけどよ。旦那の方はどうだった?」
「ああ、俺の方も当ててくれたからな、ちゃんとアイドルらしいサービスをしてやったぞ」
蓮巳の言うアイドルらしいサービスという言葉に、学院時代のことを思い出す。鏡に向かって練習していたこととか、ショコラフェスでのこととか。何をしたのか気にならないでもなかったが、詮索はやめておいた。紅月は他のユニットと比べるとファンサービスが少ない方だと言うけれど、昔よりは色々とやる機会も増えているし、流石に慣れただろう。
ぽつぽつと他愛ない雑談をしているうちにきりのいい所まで縫い物が終わったので、糸を結んで時計を確認する。そろそろ夕食の支度を始めようと、布や針を片付けた。
鬼龍は何を作るか考えながら、ふと思い立って蓮巳に問いかけた。
「旦那に質問。『今日の晩飯は豚肉があるから生姜焼き』さてどっちだ」
「なんだそれは。ハロウィン関係ないな」
「ただのお遊びだからな。で、どっちだ?」
蓮巳は首を傾げて、しばし考える。
「……本当?」
「残念、適当に言っただけでまだ何も決めてねぇ」
豚肉はあるけれど、作る物までは決めていない、というのが正確なところだ。
鬼龍の答えに、蓮巳は眉間に皺を寄せた。
「おい。そんなのあとからどうとでも言えるではないか」
「ははっ、まあいいじゃねぇか。不正解の旦那には悪戯だな」
容赦なくガブッと……いくわけにはいかないので、耳たぶを軽く噛んでやる。悪戯ってのも案外楽しい。こんなことをするのは、蓮巳にだけ、だけど。
「度し難い……」
まだ腑に落ちないらしく、ため息をついている蓮巳の機嫌をとるように、鬼龍は肩に腕をまわして抱き寄せ頬をすり寄せた。
「旦那は晩飯何が食いてぇ? 好きなの作るぜ。あり合わせの材料で作れるやつになるけど」
部屋の冷蔵庫で足りなければキッチンにあるものも使えるし、ある程度は作れるだろう。
「ここで俺が生姜焼き、と言ったら、さっきの質問の答えが『本当』だったことになるな」
「ややこしいな」
「そうしたら俺の噛まれ損じゃないか?」
ふてくされてるみたいな蓮巳の、たまにこういう子供っぽい顔するのとか、可愛いって思う。
「えー、別に損はしてねぇだろ。旦那、噛まれるの好きじゃねぇか」
「はぁ!? そんなことはないだろう。貴様が噛むのが好きなんじゃないか」
「あー、まぁ、昔から噛み癖はあったけどよ……母ちゃんにも叱られたし」
蓮巳にも、ストローを噛んで注意されたことがあったな、と思い出す。
「でも、旦那のそれは不正解だな。ちょっと強めに噛んでやるといっつもいい反応するから、つい、な?」
耳から首筋をなぞり、それから胸に触れてやる。特に反応がいいところ。その意図を察したらしい蓮巳は、顔を引きつらせた。そして読んでいた本にしおりを挟んで閉じると、正座して鬼龍の方へと向き直った。
「……わかった。俺からも鬼龍に質問してやろう」
笑っているけれど、その笑顔が怖いやつ。反撃してやる、とはっきり顔に書いてある。どうやら対抗心に火をつけたらしい。
「では、『紅月で次に出演するクイズ番組の三時間特番は、日本史&世界史特集回になる』さあ、どうだ」
聞き捨てならない単語に、一瞬思考が停止した。内容を反芻して意味を理解した瞬間、鬼龍は悲鳴をあげた。
「げーっ! 嘘、嘘嘘、嘘だって言ってくれ」
三時間特番なのは事前に聞いていたから正しい。だが、特集の内容までは聞いていなかった。多分予定を入れた時点では詳細まで決まっていなかったのだろう。
蓮巳は鬼龍の耳元へ近づくと、吐息を感じるほどの距離で笑った。
「不正解だな」
そして、鬼龍がさっきしたように耳を甘く噛んでくる。
「ぐぅぅ……」
噛まれたのは大したことはないが、聞いた内容が本当だなんて受け止めたくない。
「明日、三人で会った時に言おうと思ってたんだがな。喜べ鬼龍、本番まで俺がつきっきりで教えてやるからな♪」
「うぅぅ…………」
終わった。もう無理。そんな気持ちでベッドの上に大の字になる。蓮巳を独占できるのはいいんだけど、勉強漬けにされるのは正直つらい。勉強自体も嫌だし、下手すると説教も追加されるし。蓮巳自身も忙しいなかで自分のため、ユニットのために時間を作ってくれてるのは理解しているし感謝もしているが、だからといって昔から苦痛だった勉強が急に楽しくなるわけではないのだ。
なにより、一緒にいられるけど恋人らしいこともあんまりさせてもらえなくなるのがきつい。まあ、長いこと一緒にいて全然何もしないっていうのも、大体どちらかが、いや多分お互いに耐えられなくて、少しくらいは勉強でなくそういうことも……それはさておき。
蓮巳は今、上機嫌にベッドに転がる鬼龍のことを見下ろしている。確かに最大の反撃だ。満足げなのがまた小憎らしい。悪魔の笑顔に見える。……それでも、そんなところも含めて可愛いと思ってしまうあたりが、惚れた弱みというものだろう。
「そう悲観するな。頑張ったらご褒美くらいはくれてやる」
「なんだよ」
「そうだな。おまえが頑張って、好成績を残すことができたら、だが」
蓮巳は鬼龍の上に身を乗り出して、耳元で、囁く。
「一晩。俺のこと、……なんでも、好きにしていいぞ」
「なんでもって」
「言葉通り。お前の希望するもの、なんでも」
ただし仕事に支障のでない範囲でだぞ、と念押しはされたけれど、そこは流石に弁えているし、困らせるようなことをするつもりはない。
でも、これって、わざわざ念押ししてくるって、そういう意味を含んでる……んだよな。
鬼龍はぐしゃぐしゃと頭を掻く。
「っ、本当、ってことでいいんだな。……あとから嘘だったとか言うなよ?」
「二言はないぞ。正解したらご褒美が貰える、だろう?」
いや、最初から、そんなのなくても頑張る気でいたけれど。ここまでお膳立てされては、結果を出すしかないではないか。
「はぁー、俺も単純だな」
いいように手の平で転がされている気もするが。それくらいが丁度いいのかもしれない。
正直、下心もあるけれど。何より、蓮巳が喜んでくれるのが、一番嬉しいと思うのも確かなのだから。
「っていうかなんでこんな話になったんだ。……あ、晩飯か」
だいぶ話が逸れていたが、当初の目的を思い出した。
「で、話は戻るけど結局旦那は何が食いたいんだ?」
蓮巳は今度は考える間もなく、即答した。
「生姜焼き。味噌汁もつけてくれ」
「おまえ、噛まれ損とか言っておいて、話してたら食いたくなったんだろ」
「ふふ、そうだな。楽しみにしてるぞ」
「はいはい」
本当は、ご褒美はいつだって、充分貰ってるくらいだ。喜んでくれたり、褒めてくれたり、蓮巳から受け取る愛情の大きさはいつだって感じている。
けれど欲は尽きないから、いくらだって欲しくなるし、独り占めしていたい。
この感情は『不正解』なのかな。嘘も見破られそうだし、黙っているのがきっと『正解』なんだろうけど。
「蓮巳」
名前を呼んで、頬に触れるだけのキスをすれば、くすぐったそうに笑っている。胸の奥が温かくなるような感情と、その奥に押し込めた悪戯心。
お行儀良く、いい子のフリした、本音を隠した狼さん。今はまだ、爪も牙も仕舞い込んでおく。
「じゃ、気合いいれて作るかな」
鬼龍はベッドから立ち上がると、部屋のキッチンへと向かった。
2024/10/31公開
