ふらふらする。気持ち悪ぃ。最悪。
ほとんど蓮巳に引きずられるように連れてこられたネットカフェの部屋は、決して寝心地がいいとは言えないけれど、横になれるだけマシだ。フェイクレザーのシートは固いし、足も伸ばせる広さはないが、地面に寝るよりよっぽどいい。
しかし仕事がもらえるのはありがてぇんだが、長距離移動ばかりは気が滅入る。
「やたら早く移動したがると思っていたが、そういうことか」
道中何かあっても問題ないように、二時間は早く目的地付近に着くように蓮巳と一緒に移動してきたが。電車とバスに揺られてようやく着いたときには、俺の方はすっかり動く元気もなくなっていた。
遅延とか不測の事態に備えるのもあるけど、一番の理由はこれだ。休み休み行くか、歩けるところは歩くとか、一人ならそうするんだが。蓮巳がいるから、なんとなく話してれば大丈夫かなとか思って強行しちまったけど、大丈夫じゃなかった結果が、今の状態というわけだ。蓮巳が近くにネットカフェを見つけてくれて、そこに入って情けなくも転がっている。
こういうところって個人用だと思ってたけど、広い部屋もあるんだというのは初めて知った。来ることもなかったし。席の種類もいくつかあるらしいけど、そのへんは蓮巳が全部対応してたからわからねぇ。でも室内で落ち着いて休めるのは便利だな。今度から覚えておこう。
クッションを枕に転がる俺を、蓮巳は正座して見下ろしている。あんまり大声で話すところではないから、小声で話すのに顔近づけちゃいるけど、なんか、妙な感じだ。
「んだよ、ニヤニヤして。俺みてぇなのが弱ってんの、そんなに楽しいかよ」
「ニヤニヤはしてないだろう。というか、看病する側が深刻な顔をしてたら不安になるだろう?」
それはどこの病弱な幼馴染の話だよ。なんだかこいつも、妙なもん背負ってんな。なんかお節介な奴だとは思ってたけど、誰かの世話焼くのも当たり前になってんだろうな。
「自分で言うのもなんだが、たかが乗り物酔いで死にやしねぇよ……」
死にそうなくらい最悪の気分だけど、本当に死ぬような病気とかではないんだし。いや、気を抜いたら死んじまいそうなくらいには、しんどいけどよ。
「何か飲むか? 取ってくるが」
「んー、今はいい」
「そうか」
蓮巳はそう言うと部屋を出ていった。
ため息をついて、天井を見つめる。こんな情けねぇところ人に見せたくなかったんだけどな。なんて、同じユニットで活動する以上、いつまでも隠し続けられるもんでもないのはわかってたけどさ。蓮巳が一緒に行くって言い出したからつい受け入れちまったけど。神崎は別の用があるからって今回は別行動で現地で合流する予定だし、やっぱり一人で先に来るべきだったよな。
そんなことを考えていると、トレーにいくつかの飲み物と、漫画を何冊かとなんか布を抱えた蓮巳が戻って来た。
「色々持ってきたから、飲めそうな時に飲んでおけ。無理そうなら俺が貰うから」
何か口にする元気もなかったけど、せっかく持ってきてくれたのだからとなんとなく視線を向けた。白い紙コップからうっすら透けてる色からみるに、緑茶とか珈琲とか炭酸のジュースか? でも、やっぱり今はいいや。起き上がりたくない。出る前には少し飲んでおこうと思うけど。多少水分取ったほうがいいらしいし。
蓮巳は机にあれこれ並べ終えると、また元の位置に正座した。
「別に、無理に俺に付き合う必要、なかったんだぜ」
「いや、むしろ着いてきて良かった。こんな状態のおまえを何も知らんまま一人にしてたらと思うと」
こいつが本当に心配してくれてることくらい、俺にもわかる。弱み晒したくねぇとか、情けないところ見せたくねぇとか、なんか無駄に強がってる方が格好悪ぃと思うくらい。
「すまねぇな、迷惑かけてよ……」
「そんなことはないから、ゆっくり休んで仕事までに治せ。俺はむしろ、読みたかった漫画を読めるいい機会だ」
それは全部が本心じゃないのかもしれねぇけど、そういうことにしておいてくれてるんだろう。
蓮巳は持ってきていた布を広げた。ブランケットか、これもレンタル品なんだろう。それを俺にかけてきて、その上からトントンと、優しく肩を叩いてくる。子供寝かしつけるようなやつ。俺も昔、妹にやったけど。
「ガキじゃねぇんだぞ」
「すまん、嫌だったか」
「そこまでは言ってねぇよ」
嫌じゃない、どころか、昔のこと思い出した。
あんまりなかったけど、子供の頃に熱出した時に、母ちゃんが眠るまでこうしててくれたの、とか。咳が止まらなかった時に優しく背中擦ってくれたり、とか。
母ちゃんがいなくなってからは、もう、俺にそんなことしてくれる人も、いなくて。むしろ、看病する側になったし。妹みたいな小さいのは、体調崩しやすいから。別に、俺は乗り物酔い以外で体調崩すことも滅多にないし、もし母ちゃんが生きてたって、この歳になって子供みたいな扱いされても、って思うけど、さ。
ほんの少し、涙が込み上げそうになって、目を閉じた。弱ってるからだ、こんなの。
「……ちっと寝るわ」
「あぁ。時間になったら起こすから」
っていうか本当に寝かしつけるつもりかよ? 手、止めねぇし。いつもならこういう時って触られたくないのに、本当に嫌じゃ、ないの、なんでだろうな。
触れられてない方の腕で、目元を隠す。泣きそうになったのは、バレてねぇよな?
気分は最悪だったんだけど。こいつの手、なんか温かくて。細くたって男の手だ、母ちゃんとは全然違うのに、同じくらい優しいから。
肩に触れる手は、トントンと、一定のリズムを刻んでくる。幸せだった遠い記憶に引き寄せられるように、俺はそのまますっと眠りに落ちていった。
2024/10/03公開
