今日はラッキーだ。
監督生は内心でガッツポーズをする。モストロ・ラウンジでのアルバイト、その休憩時間。ジェイドが作ったまかないのシーフードピラフを食べながら、ちらりと目の前の人物を盗み見る。
自分と向き合う形で座っているのはアズールだ。彼はいつもVIPルームにいることが多いから、混雑している日でもないのにホールに出て一緒に仕事をしているのは珍しい。しかも休憩時間が一緒で、バックヤードで食事をしているなんて。レア中のレアだ。
アズールが食べているのはハンバーグプレート。特製ドレッシングの野菜サラダとハンバーグとライスをワンプレートにオシャレに盛り付けたラウンジ人気メニューの、まかない仕様。提供するものとは皿やおかずの種類が違う簡易版だ。
肉を切り分け、口に運ぶ。それだけの所作が流れるように美しくて、思わず目を奪われる。姿勢も、指先の動きも、手本のように綺麗なのだ。彼の実家は珊瑚の海では有名なリストランテだと聞いたことがあるから、幼い頃からの教育の成果なのだろう。
「なんです?」
顔を上げたアズールは、訝しげに目を細めた。
「あっ、す、すみません!」
不躾にじろじろ見すぎてしまった。気を悪くしたかもしれない、と反省していると、溜め息が聞こえた。
「まったく、仕方ありませんね」
アズールはそう言うと、再び肉を切り分け始める。なんでこれだけで様になるんだろうなぁ、と彼の長い指がナイフとフォークを操る様を目で追いかけていると。
一口大に切り分けられたハンバーグの肉を、フォークに刺した。それはアズールの口には運ばれず、こちらに近づいてくる。
「どうぞ」
目の前に差し出されたそれに、監督生はぱちりと目を瞬かせた。
「……えっ」
「……?」
監督生の反応に、アズールは怪訝そうに首を傾げる。そして。
「っ! 違、いや、これは、その」
自分がしでかしたことに気づいたのか、動揺に声が上擦っていた。
監督生は別に肉が食べたくて見ていたわけではないし、まさかアズールにこんなことをされるとは思わなかった。
それでも監督生は、引っ込められる前に差し出されたアズールの手を取り、身を乗り出して肉を口に運んだ。
「ありがとうございます、美味しいです」
と微笑んではみたものの、正直味なんて分からなかった。以前食べた時には感動するほど美味しかったのだが、緊張で味なんて感じなくなっていた。
「それはよかったです」
そう答えるアズールの視線は泳いでいて、顔も赤い。
落ち着こうと、とりあえずお茶を一口飲んでみる。冷たい。けれどお茶の味までも分からなくなってしまった。
その時、バックヤード入り口の扉が開かれた。
「疲れた~」
そう言いながら入ってきたのは、飲料瓶のケースを持ったフロイドだった。空のケースを下げて、新しいものを持って行くのだろう。予備はバックヤードの奥の方においてある。
「あー、アズール、おいしそーなの食べてるじゃん」
そしてアズールの方に近寄ると、食べさせろとばかりに屈んで口をあけた。
「す、少しだけですよ」
ああこれか、と監督生は納得する。
自分がアズールを見ていたのをほしがっていたのだと勘違いして、いつもフロイドにしているように、ついやってしまった、と。
だいぶ大きな一口分を遠慮無く食べたフロイドは、アズールの顔をじっと見る。
「なんか今日のアズール、やさしー。いつもなんだかんだ文句言うのに~」
「僕はいつでも優しいです」
そしてフロイドは、監督生の皿に視線を移した。
「小エビちゃんは何食べてるのー?」
「あっ、シーフードピラフです。……こっちも食べますか?」
「いいのー? ありがと」
「お前っ、監督生さんにまで!」
アズールが声をあげたがフロイドは聞こえないふりをしている。
監督生はスプーンに多めにすくって、フロイドへと差し出した。
「んー、オレ、今日のまかないコレにしてもらおーっと」
一口食べて、フロイドは満足そうに笑った。
「ありがと小エビちゃん!」
そして本来の目的である飲料ケースの入れ替えを済ませ、また部屋を出て行った。
しばし落ちる沈黙。
「……」
気まずさをかき消すように、ピラフをすくって口に運ぶ。アズールの方からも、食器を動かす音が聞こえてくる。
「あ、そうだ」
そういえばもらってばかりで返していないことに今更のように気づく。フロイドが入ってきて気を取られて、すっかり忘れていた。
だから自分の皿からスプーンですくって、アズールに差し出してみる。
「先輩も、よかったら……」
少し、冷めてしまいましたけど。
そう告げると、アズールは目を見開き、一瞬視線を反らして、それから監督生の顔を見た。
「ありがとうございます」
そうして長い髪を手で押さえて、監督生が差し出したスプーンに口をつける。
「ああ、美味しいですね、ジェイドの料理は」
淡々と答えているようで、その顔が赤いことに気づいてしまった。アズールはそれ以上こちらを見ることなく、静かに告げる。
「はやく食べてしまわないと、休憩時間が終わってしまいますよ」
「そうですね」
何事もなかったかのような会話をし、自分の食事に戻る。けれど鼓動は激しくなっているし、あつくて顔があげられない。うつむいたまま黙々と残っていたピラフを口に運び続ける。監督生が食べ終わるより先に、アズールが立ち上がった。監督生も綺麗に完食して、ごちそうさまでした、と食器を持ってあとを追う。
キッチンの洗い場に皿を返して、そのあとはまたホール仕事だ。
バックヤードを出る前に、鏡を覗いてみる。
そこに映っているのは人のことを言えないくらいに顔を赤く染めた自分で、営業スマイル、と笑みを形作ってみるけれど、すぐにふにゃりと緩んでしまった。
どんな顔をして出て行けばいいの、これ。
だって顔をみたらどうしたって意識してしまう。
平常心、平常心、平常心!
効果なんておまじない程度にも期待できそうにないが、心の中で唱えて、表に出た。
「おや、お二人は何があったんでしょうか」
「えっ知らねー。それよりジェイド、オレの分は小エビちゃんと同じの! 大盛りで!」「はいはい」
2020/06/07公開