寮の部屋で二人だけ。更に言うならベッドの上で。仰向けに寝転がる俺の横には、縮こまって座っている草食動物。そわそわと落ち着かない様子で、膝の上に乗せた手を握りしめている。
 自分の立場がよく分かってるじゃねぇか。内心でほくそ笑む。
 これから俺に喰われるんだと、覚悟はしているんだろう。
「ほら」
 腕を掴んで引き寄せる。そして自分の上に抱き上げてやれば、監督生はきつく目を閉じた。
「そんなに怯えんなよ」
 どうも誤解されがちだが、女性に乱暴な真似などしない。酷いことをするつもりはない、が、手に入れた獲物を喰らうのは当然の権利だ。
「レオナ、さん」
 覆い被さる格好で、俺の顔をじっと見つめてくる。声は小さく、震えていた。別に初めてでもあるまいし、そんなに緊張する必要もないだろうに。
 頭の後ろに右手をまわして、顔を引き寄せる。まず唇を奪ってやれば、小さく息を詰めるのが分かった。戯れに何度かキスをしていると、白い顔は赤く染まっていった。もっと奥まで探ってやろうとしたが、唇はかたく引き結ばれている。
 奪うのは簡単だ。強引にものにするのも。けれど、それじゃあ面白くない。主義もあるが、何よりも。
 頭から手を離し、指先でその唇に触れる。
「ほら。……教えただろ?」
 そう言うと、監督生は俺の手を取り、指先に唇を押し当てた。キスというにはあまりにぬるい、本当にそっと触れただけ。視線で続きを促すと、ようやく顔を近づけてきた。今度は俺の唇に押しつけられる柔らかい感触。息を止めて、目を閉じて、もう一度同じように触れてきた。それからおずおずと、唇を舐めてくる。
「ん」
 まあ、頑張った方だろう。及第点だ。
 背中に腕をまわして抱き寄せ、唇を割って舌を差し入れる。逃げる舌を追いかけて、舌を絡めとる。薄い舌に吸いついて、すり合わせると、混ざり合った唾液が音を立てた。上あごから舌の裏まで、余すところなく貪ってやる。
「っ……ん、……」
 監督生は苦しそうに息を漏らした。鼻で呼吸しろって教えたのに、また息を止めていたらしい。こぼれた唾液を啜り、一度唇を離す。
「そんなにかたくなるな。ちゃんと息を吸え」
 監督生は小さくうなずいた。どうも、まだ慣れないようだ。それは愉しい部分でもあるが。
 もう一度、今度は時間をかけて、丁寧に。舌同士を触れ合わせていると、慣れないながらも懸命に応えようとしてくる。正直こんなんじゃ物足りないが、それくらいがこいつにはちょうど良いんだろう。
 まだまだぎこちないが、さっきより苦しくはなさそうだ。呼吸もちゃんとできているらしい。
 俺には少々生ぬるいキスを、時間をたっぷりかけて味わって、それから唇を離した。
「あ……」
 小さく声を上げた監督生は、酔わされたような、ぼんやりした瞳で見下ろしてくる。
「心配しなくとも、これからいくらでも可愛がってやるよ」
 髪を撫でて、それから白い首筋に唇を押し当てた。かじりつく変わりに甘く食むと、びく、と身体を震わせる。
「……はい」
 監督生は俺のシャツにすがりつき、肩に顔を埋めてきた。
 小さく温かい身体を抱きしめると、高揚感とは別に、くすぐったいようなもどかしいような感情が胸を満たしていく。それが、嫌いじゃないから困る。
 哀れで可愛い俺だけの獲物。
 存分に甘やかして、とろかせて……その眼が涙に濡れて甘く啼くまで、ずっと。

 2020/05/24公開

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です