魔法の使えないただの人間。異例の監督生。飛び抜けて美しい容姿や、高貴な生まれをしているわけでもない。本当に、ごく平凡なひとだ。
 けれどそのまっすぐな眼差しは、射貫くような力強さを持っていて。何をするか分からない不穏さ、何かをしてくれるんじゃないかという期待。それらがない交ぜになって、何か強い引力のように、惹きつける魅力がある。
 ……その魅力に取り憑かれた生徒は、この学園にどれだけいるのだろうか。入学当初より随分と増えたに違いない。きっと本人は気づいてないのだろうけれど。
「今日もまた、大人気ですね監督生さんは」
 相棒のような存在である、魔法が使える猫のようなモンスター。同じ一年生のエースとデュース。それからジャック。彼らと一緒にいるのはまだ分かる。
 学年の違う生徒や、寮長クラスの生徒まで、多くの生徒と話している姿を見かける。
 入学早々に退学騒ぎになり、その後ハーツラビュル寮の寮長リドルのオーバーブロット事件に関わり。その後も立て続いた問題を解決した監督生。
 オクタヴィネル寮長のアズールもまた、オーバーブロットして助けられた一人だ。
 他人の為に自分と交渉をし、無謀にも押しつけた難題に挑み、予想外の方向で解決に導いた。失ったものも多くあったけれど、その代わりに得たものがあったのも事実。
 決して良い関係とは言えなかったが、あの数日間、毎日のように顔を合わせていたのが今では懐かしいくらいだ。顔を合わせることがあれば一言、二言あいさつや世間話はするけれど、それだけだ。
 監督生はまた、別の人に熱い視線を向けている。
 自分が体験した今では、また何か事件に首を突っ込んでいる結果なのだと察することはできるが。
 博物館に行った後も、何度かモストロ・ラウンジに客として顔を出してくれたこともあった。自分のことを心配してくれていたのだろう。けれどその優しさは、確かにアズールに向けられたものだけれど、相手が他の誰であっても、きっと同じようにしていたと思う。特別なわけではない。ただの先輩の一人だ。知り合い、くらいにはなったかもしれないが、友人と呼べるような近さでもない。
 注がれる視線に、あの人が気づくことはない。あの人が誰かだけを見つめることは、ないのかもしれない。
 それが少し、寂しいなんて。
 いつも一緒にいられるあのモンスターが羨ましい、だなんて。
「……僕がタコじゃなくてネコだったら、もう少し僕のことを見てくれたでしょうか」
 ぽつりとこぼれた本心が、誰に届くこともなく虚空にそっと溶けた頃。何を言っているんだ、と思わず恥ずかしくなって額を押さえた。多分そういう問題ではない、理解はしている。
 距離を詰めるには性格が邪魔をしてしまう。素直じゃない性分が今は自分で憎らしい。
「せめてこれ以上、ライバルが増えなければいいんですが」
 それは難しい問題だろうな、と苦笑が浮かぶ。
 今日もまた忙しそうに走り回る監督生を視線だけで見送って、アズールは自分の行く先へと踵を返した。

お題「視線」 2020/05/01公開

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