熱のこもった部屋に響く、甘く高い声。もう何度目かわからない夜。二人きりで愛を交わすこの時間は、この身を得られてよかったと、強く感じる。
 シーツに広がる長い髪、涙に濡れた瞳。絡めていた指を一度離して、汗で張り付いた前髪を掬ってやれば、マスターは――僕の愛しい恋人は、じっと僕のことを見上げてきた。
「うん?」
 極力柔らかく微笑んで返すと、マスターはためらいがちに口を開いた。
「ねぇ、シャスポー」
 手を伸ばして、包み込むように僕の頬に触れて、マスターは続ける。
「ちゃんと、きもちいい?」
 伺うような視線、どうして? と訊ねれば、恥ずかしそうに目をそらされてしまった。
「だって、いつも、私……ばっかり」
 消え入りそうな声。それでも、言いたいことは伝わった。色事に疎いマスターは、こういうのも、全部僕が初めてだと言っていて、……いや、マスターの過去がどうであれ、今僕を選んでくれた幸福が、僕にとってはすべてなのだけれど。それが僕の奥底に潜んでいた色んな欲を刺激したのもまた事実で、その無垢な身に愛を伝えるために、僕のもてる限りのすべてを尽くしてきた。
 彼女がこうして僕を受け入れてくれて、それで気持ちいいと思ってもらえるのなら、冥利に尽きる、というものか。
 それにしても。恋人としての役割を果たせているのか、と彼女が気にしているのは分かっている。本当は君が不安におもうことなんて何一つないのに。
「……気持ち、いいよ」
 それでも問いに答えを返すならばほかに返答などあるはずもなく。
 さらに言うならば、そうと見せないだけで結構必死で耐えていたりする時もあるのだけど。
「ねぇ、マスター」
 今度は僕が彼女を呼ぶと、また淡色の瞳が僕を映してくれた。
 本当は、気持ちいい、とか、そんな言葉じゃ全然足りない。ひとつひとつを表せば、快楽とか幸福とか安堵とか、色んなものがあるんだろう。
 でも、その混ざり合った感情を、君が僕に与えてくれるたくさんの想いを、どうしたら伝えられるのだろう。
 あいしてる。あいしてる。何度告げても、体を重ねても、すぐに溢れるこの感情は。
「ずっとこうしていたい」
 柔らかな唇にキスをして、もう一度指を絡めて。
「……うん」
 その甘くとろけるような笑顔が、同じ気持ちなのだと、伝えてくれるから。
 夜があけるまで何度でも。持てる限りの愛をもって、僕も君に伝えよう。

 2019/05/27公開

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