雪の残る、まだ寒い冬の晴れた日。タバティエールが街に買い出しに行くというので、丁度欲しい物もあったからとマスターはついていくことにした。買って来てやるのに、と言われたけれど単純に一緒に居たかったのだ。大所帯の基地に居て、二人きりになれる機会なんてそれほど多くない。
 薬に食材、調味料。必要な物を買って袋に詰めてもらっていると、店主である年配の男性が話しかけてきた。
「可愛い奥さんだねぇ」
 さらりと告げられた店主の言葉を反芻する。
 奥さん。奥さんって言われた。
 マスターの頬がぱっと朱に染まる。恋人よりも兄妹に間違われたりする方が多かったのに、初めてそんな風に見られた。嬉しいけれど恥ずかしい。
 あぁでも、彼はどう思っているのだろう。笑って、そんなんじゃないよと否定するのかと思ったけれど何も言わなかった。
 少なくとも、間違えられて嫌ではなかったと思っていいのだろうか。気にはなるけれど今どんな顔をして良いのか分からない。マスターが真っ赤になったまま俯いていると、店主がニヤニヤと追い打ちをかけてくる。
「大事にしなよ、兄ちゃん」
「それはもちろん」
 優しく肩を抱き寄せられて、余計に体温が上がる気がした。鏡を見ずとも分かる、きっと耳まで全部赤くなっているだろう。顔が熱い。
 荷物を受け取って、店を出る。その間もずっと、肩には彼の手が触れていて。
 外に出た瞬間肌を撫でる風の冷たさが、火照った頬に心地良いくらいだった。
「奥さんだって、びっくりしちゃったね」
「そうだな」
 肩に触れていた手が離れる。店を出たのだからもう合わせる必要はないのだと分かってはいるけれど少し寂しくなってしまう。
「あぁ、マスターちゃん、もう一軒寄って良いか」
 そう告げてタバティエールが行ったのは花を扱う店で。少しして、彼は戻ってきた。
「はい」
「えっ私に?」
 差し出されたのは一輪の赤い薔薇に、同じ色のリボンがつけられたもの。花を貰ったことは初めてではないけれど、今日は特に何かの日というわけでもないのに、どうしたのだろう。戸惑いながら受け取ると、タバティエールの笑みを含んだ声が聞こえた。
「可愛い奥さんにプレゼント」
「もう、からかわないで」
 きっと悪戯っぽく笑っているのだろうと思って見上げたのに、予想とは違っていた。
 穏やかで、少し照れたような、そんな柔らかい笑顔で。優しい青灰の瞳を見つめ返せば、そっと髪を撫でられた。
「……俺も浮かれてるのかもしれねぇな」
 自分の手を包み込むように大きな手が重ねられる。指を絡めて握られて、鼓動が跳ねた。
 基地に帰るまでそう長く時間はかからない。だからその間だけでも、短い夢を見させて欲しい。
 いつか本当になれたら、なんて口には出せないけれど。それでも今、確かに伝わる手のひらの温度と胸を満たす甘い気持ちは、きっと同じなのだろう。

 2019/01/31公開

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