エンフィールド達からホテルのサロンに招待され、バレンタインの当日、マスターは何人かの貴銃士と共に、ホテルを訪れることになった。
 綺麗なホテルのサロンだと言うので、朝からエカチェリーナに着せ替えられ、髪やらなにやら整えられた。基地や前線にでる時とは違って、フリルやリボンのついたワンピースと、きらきらした髪飾りとかアクセサリとか、普段とは全然違う格好だ。
 エカチェリーナが選んだだけあってどれもとっても可愛いのだけれど、ふわふわしたスカートとかひらひらするリボンとか、なんだか落ち着かない。みんなは似合うって言ってくれたけど、あまりにいつもと違いすぎて、少し不安になってしまう。
 ……たとえば、彼にどう思われるのか、とか。
「ようこそ、マスター!」
 愛想よく手を振るのは、ピンク色の髪が特徴的な青年。自分が喚びだした貴銃士の一人、ホール。今はきっちりとした白いベルボーイの制服に身を包んでいるけれど、それがまたよく似合っている。
 というか、大体なんでも着こなすからずるい。顔が良い。自身をスターと言うだけあって、眩しい……。
「良いね、子猫ちゃん。とっても魅力的だよ」
 ウインクされて、はっと我に返る。ますます眩しい。こういうのが様になるから困る。見惚れていたのもバレバレだし。
 みんなの様子を聞いたり、少しだけ言葉を交わす。
 エスコートしてくれるというけれど、その前に距離をもう少し詰めてきて、マスターは首を傾げた。
「Happy Valentine’s Day、子猫ちゃん」
 そんな言葉と共に差し出されたのは赤い二輪の薔薇。
「これは俺からのプレゼント。いつもありがとう、マスター」
「あ、ありがとう」
 柔らかな笑みに、鼓動が速まってしまって、マスターは思わず視線を逸らした。手元の薔薇を見つめる。寄り添うような二輪の薔薇は、なんだか恋人同士のようにも見えた。
「でもホールっていっつもみんなにこんなことしてるの?」
 大変だねー、なんて軽く告げると。
「俺のマスターは君だけだよ?」
 真剣な声と表情に、また心臓が跳ね上がった。聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、ドキドキとうるさく鳴っている。
「えっ、あっ、そうだね、マスターだもんね」
 手渡されたのが薔薇だし子猫ちゃんなんて言うからついその気になっちゃったけど、これは貴銃士としてマスターである自分に、感謝とかお礼とか多分そういうものなんだろう。そうに違いない。
 それでも。
「……嬉しい」
 口元がゆるむ。だって、ホールが私にくれた。マスターである自分だけ、特別って。
 つい浮かれていると、ホールはくるりと背を向けた。
「そろそろサロンに案内するよ。ついてきて」
 帽子を目深にかぶり、彼は歩き出す。
 そういえばみんな待っているのだ。ホールもバイト中なのだし、あまり長々と自分の相手ばかりしていられないだろう。マスターは慌てて後を追った。

 

*****

 

 マスターを送り届け、ホールはキッチンへと向かっていた。
 一度立ち止まって、肺の中の空気をすべて出し切るように、深く深く息を吐き出す。
 ここに鏡がなくて良かった。自分がどんな顔をしているか、なんて考えたくもない。
 だってあんなのずるいじゃないか。
 初めて見る着飾った彼女。
 普段から愛らしいけれど、いつもと違う一面を見れば心だって揺さぶられる。
 それになにより、プレゼントを渡した時の反応が。
 さらりと流れた髪が僅かにその輪郭を隠す。頬を桜色に染めて、血色の良い艶やかな唇を薄く開いて。長い睫毛が縁取る大きな瞳はきらきらと輝いていて。
 嬉しい、と鈴の鳴るような声。はにかむ彼女は、誰よりも眩しくて。 
 無意識に持ち上げられた右手。その視界に入ったのが制服でなかったら。ここがバイト先のホテルでなかったら。
 俺は、何をしていた?
 首を振って思考を追いやる。
 本当は分かっている。あんなにも彼女が輝いて見える理由。
「みんなのスターが、形無しだ」
 自分の手で顔を覆って、『スター』である自分を強く意識する。
 これから仲間の元に顔を出すのだ。それになにより、バイト中なのだから。
 彼はいつもの笑顔を作って、再び歩き出した。

 2019/02/08公開

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