大切な人の誕生日。年に一度の特別な日。何を贈ろうか、と悩みに悩んでいる間に、時間は無情にも過ぎ去っていく。
 ケーキを作るのは決まっていたけれど、それだけでは済ませられない。
 街を歩き回ってみるけれど、これといった物は決まらなかった。もう何度、同じ通りを往復したか分からない。タバティエールは足を止めて、溜息を吐いた。
 目の前にあるのは宝飾品を扱う店のショーウインドウ。指輪やネックレス、イヤリングなど、煌びやかなアクセサリーが、美しい輝きを放っている。タバティエール自身は詳しいわけではないけれど、この輝きが世の女性を魅了しているのだということは分かる。
 ……一般的な恋人同士であれば、特別な日にこういったものを贈るのは定番だろう。流石に高級品は手が出ないが、彼女のような大人の女性が身につけるにふさわしい程度の品を贈ることはできる。彼女にはこういった、美しい物が似合う。けれど。
「ねぇよなぁ……流石に」
 一人ぼやいて、タバティエールはまた歩き始める。
 実用品はドライゼあたりが選んでそうだし、薔薇の花束なんてのはガラじゃない。それに誰かが贈ってそうだ。ならば珈琲や紅茶、ワインなども考えた。でも、それもこだわりの強い人たちがいるので、選びにくい。
 そんな風に考えこんで、いつまでも決まらないのだ。
 彼女はきっとなんだって笑ってくれるのだろう。物じゃなくても、ただ祝いの一言だけだとしても。
 タイムリミットは刻一刻と迫っている。タバティエールは意を決して、一件の店に駆け込んだ。

 

 マスターの誕生日パーティー、と題されたにぎやかな夜を終え、食堂から人の姿も消えた後。
 タバティエールはマスターの私室を訪れていた。
 遅い時間に女性の寝室を訪ねるなど、あまり褒められた行為ではないけれど、パーティの片付けをする前に、後で行くというのは伝えておいた。
「タバティエール、お疲れさま」
 出迎えてくれたマスターは、柔らかな笑顔で労ってくれた。
「マスターちゃん、これ。遅くなったけど誕生日プレゼント」
 手渡したのは花束。デルフィニウムやブルースターが中心の、青を基調としたものだ。
「綺麗……。早速部屋に飾らせてもらうわ」
 マスターはそう言って花束を両手で抱え、目を細める。
 タバティエールはマスターの前にひざまずいて、その小さな手を取り、口づけた。
「やっぱり君の手には、綺麗な花が似合う」
 我ながら気障ったらしい、とは思ったけれど、こんな時くらいはいいだろう。様子をうかがうように見上げれば、わずかに驚いたような顔をしていたけれど、すぐに笑顔が戻ってきた。頬を染めてはにかむ様は本当に愛らしい。
 ……その表情を見ることができただけで、十分だ。
「ありがとう、タバティエール」
「あぁ」
 それからおやすみの挨拶をして、タバティエールは部屋をあとにした。

 

 彼の姿が見えなくなるまで見送った後、マスターは一人になった部屋で、左手をかざした。手をとってキスされたこと自体は、そこまで驚くことでもなかった。彼に限らず、貴銃士達の何人かにはされたことがある。
 けれど、今日は。
 薬指に唇が触れたのは、偶然、だったのだろうか。手が小さいから、当たっただけなのかもしれない、けれど。
「……」
 なんだかそこが熱を持っているようで、鼓動が落ち着かない。
 考えすぎ、かしら。でも。もし、意味があるのなら……。
 右手でそこに触れ、マスターは目を閉じた。

 2019/05/14公開

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