洪水のように光があふれる眩いステージ。汗を煌めかせ、マイクを片手に歌って踊るステージ上の少年二人。
「シノーーー!」
 間奏にさしかかると女子生徒の歓声があがる。シノと呼ばれた少年は、声がした方を振り向くと、可愛らしく投げキスをしてみせた。
 ますます大きな、黄色い悲鳴があがる。
「ヒースーーー!」
 もう一人の、ヒースと呼ばれた少年は、驚きとためらいの混ざった顔をして、手を振った。そこにシノが近づき、ちょいと肘でつつく。
 ヒースは覚悟を決めたように投げキスをして、それから恥ずかしそうにはにかんだ。
 不慣れなサービス、そこがまた可愛い。
 長い間奏が終わり、後半の歌い出しへ。歌の合間に入る観客からのコール。学園内のステージでのライブは、大盛況だ。
 そのステージの遥か後方、観客席からも少し距離のある場所で、転校生の少女は歌に聴き入っていた。整った設備のおかげで音は充分に届くし、モニターに映し出された顔は見える。けれどステージ上で踊っているのは分かるが、表情までは見えない程度の距離。
「はー、すごいですね『レモラバ』は」
 曲もダンスも良いけれど、何よりこの空間にいることが最高に楽しい。
 頬を紅潮させ、ステージに目を奪われたまま隣にいる人物に向かって告げれば、はぁ、とどうでもよさそうな声が返ってきた。
「転校生様はあーいうのが良いんですか」
「やっぱり見てて楽しいですよ。シノはサービスもしてくれるし、ヒースも一生懸命で応援したくなります」
 再び、はぁ、とやる気のない声が聞こえ、そちらを見上げる。
 じっと見下ろす、強い視線。ステージの二人とはタイプが違うが、目の前にいるのも長身でスタイルの良い美形だ。
「俺が隣にいるのに他の男に夢中とは、随分薄情ですね」
「えっ、いやいや、そんな人を浮気者みたいに」
「違うんですか?」
「そういうんじゃないですよ!」
 あの二人は色々あって仲良くなった友人だ。当然応援しているし、ファンの一人といえるのかもしれないが、恋愛感情で見たことなど一度もない。
「投げキスされて興奮してたじゃないですか」
「それはやっぱり格好いいなとか、ロマンというか」
 何より、ファンサービスをしてくれる、というのがうれしいのだ。自分に向けられたものではないし、特別な感情の元での行為でもないとわかっている。
「俺の方が格好いいと思いますけど」
「何張り合ってるんですか」
 確かにトップモデルになるほどの容貌だし、文句なしに格好いいとは思う。けれど、彼らとミスラではタイプが全然違うし、比較するものでもない。
「それに俺ならもっと上手くやれます」
「えっミスラ歌って踊るんですか」
「それはしませんけど」
 ちらりとミスラが視線を向けた先に、こちらを見てひそひそとはなしている二人組の女性がいる。
 何を思ったのか、ミスラは軽く手を振り、それから……。
「きゃーー!」
 女性達の悲鳴。ミスラが、彼女達に投げキスを送ってよこしたのだ。
「ほら」
「何がほら、なんですか!」
 会場は観客の歓声に包まれているから、今更黄色い悲鳴が一つ二つ増えたところで変わらないだろう。
 問題はそうではなくて。普段手を振る程度のこともしないのに、突然こんな。
「……これで人気があがるんなら、良いかもしれませんね。売上もあがりそうだし」
 元の気怠げな表情に戻り、現金なことを言ってのける。
 確かに、素材が良いんだからもう少し愛想よくしたらいいのに、などと思ったことがあるのも事実だ。けれど。
 正直、もやもやする。サービス精神を発揮するようになれば、彼はますます人気になるかもしれない。それは、喜ぶべきことなのだろうが。
 いや、彼のような有名人と付き合っているのだから、仕方のないことか。ただ少し、自分のような平凡な学生が、彼のような人と隣にいるのが、そもそも……。
 悲観的になる思考に、肩を落とす。
「好きにすればいいとおもいます」
 自分が否定する権利などない。ミスラがそうしたいなら、すればいい。彼の仕事に関わるのだし、邪魔するわけにはいかない。
「……」
 ふ、と笑う声が聞こえた気がした。それから、ぐい、と顎を掴んで上向かされる。
「……んっ!」
 唇をふさがれ、甘く噛みつかれる。あわてて胸を押し戻すと、あっさりと離れていった。
「ミスラ!?」
「あぁ、やっと俺のことちゃんと見てくれましたね」
 動揺していると、彼は満足げに目を細めた。
「心配しなくても、他の女にサービスなんてしませんよ、面倒くさい」
 それはそれで、いいのだろうかと疑問がわかなくもないけれど。ミスラのやりたいようにやるのが一番なんだろう、と結論づけて終わった。
「……あなたは特別ですから、いくらでもサービスしてあげますよ?」
 意地の悪い笑み。からかって楽しんでいるのだとわかるのに、わかっていても、どきどきさせられてしまう。
「だったら、ふ、二人きりの時に……お願いします……」
 彼の顔が見ていられなくて、視線を逸らして、精一杯それだけを言う。
 肩を抱き寄せられ、今度はこめかみにキスを落とされた。
「それじゃ、帰りましょうか」
 流れる『レモラバ』の人気曲。ステージの盛り上がりは最高潮だ。
 そんな中で、二人はそっと、会場をあとにした。

お題「投げキス」 2020/05/06公開

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