雲一つない晴天のクルザス中央高地。救国の英雄である青年は黒チョコボを駆り、スチールヴィジルの先へと向かっていた。イシュガルドを一望できるこの場所には、一つの墓石がある。
「来たぜ、オルシュファン」
 青年はチョコボから降りると、その石に刻まれた名を呼び、微笑んだ。
 それから、チョコボに積んでいた荷物の袋を開く。荷を降ろされ、チョコボはその場に座り込んだ。休憩しているのだろう。青年は労いの意を込めてその体を撫でた。
 袋の中には酒の瓶と、金属製のカップが二つ。それから食べ物を幾つか。
 雪の上に小さな木の板を置いてから布を敷き、カップと食べ物を並べていく。そして酒の瓶を開け、二つのカップに注いだ。
「祝杯だ」
 そう告げると、背後からクエッと鳴き声が聞こえた。
「あぁ、お前も一緒に、な」
 荷物の中からチョコボ用の野菜を取り出し、置いてやる。黒チョコボは嬉しそうにそれを食べ始めた。
 青年もカップに口をつけ、酒を一口飲む。
 普段はそんなに酒を嗜む方ではないが、今回は上等な物を用意した。
 つまみに用意した食事も、マイスターの調理師に作ってもらった特別製だ。オルシュファンの口に合いそうな、イシュガルド産の肉や野菜を使った料理を選んだ。
「お前が愛したイシュガルド、ちゃんと守り抜いたよ」
 青年は静かに語り出す。
 本当にオルシュファンと酒を酌み交わしているかのように、長いイシュガルドの旅の軌跡を。
「……本当に、一時はどうなるかと思ったけど」
 イシュガルドの街を見つめ、青年は告げる。
「エスティニアンも……助けることができた」
 その時の事は忘れられない。あれは見間違いなんかじゃない。
 オルシュファンと、イゼルが、彼を救う為に力を貸してくれたのだ。
「……ずっと、見ていてくれたんだよな。ありがとう」
 オルシュファンは本当にこの場所に眠っているわけではない。けれど、それでもかまわなかった。
 あの時のように……いや、きっとその前からずっと。オルシュファンは自分を見ていてくれたのだろうから。
「それにしてもひどいよなぁ、黙って出て行っちゃうんだぜ? まぁ、彼らしいけど」
 青年は苦笑する。病院を抜け出したという情報のあと姿は見ていないが、もう心配はしていなかった。きっとまた会えるだろう、とも思う。

 一通り話し終えた頃には、皿の食べ物も無くなっていた。食器などは袋に戻して再びチョコボにくくりつけた。酒の瓶は少し迷って、栓をして墓に供えた。
 風が吹き抜け、青年の頬を撫でる。
 身を切るような冷たい風ではなく、火照った頬に心地よかった。
「はは、のみすぎたかなぁ……ねむく、なってきた……」
 チョコボの体に背を預けると、自然と瞼が降りた。
 黒チョコボが、クエェと一声鳴く。
 起こすように、また一声。そして器用に青年の肩をくちばしでつまむ。けれどその程度で目が覚めるわけもなく、青年はそのまま眠りに落ちた。

 キャンプ・ドラゴンヘッド。オルシュファンの部下コランティオは、こちらに近づいてくる音に首を傾げた。
 チョコボの足音のようだった。しばらく立ち止まっていると、だんだんと大きくなってくる黒い影が見えた。黒チョコボだが、乗っている人は見あたらない。
「うん? お前は……オルシュファン様の?」
 すぐ近くまでくると、なにやら荷が括り付けてあるのだろうか。背中に何か乗っているのが見えた。
 よくよく見てみると、それは人だった。
「英雄殿!?」
 それが英雄の青年であると気付くと、コランティオは思わず声を上げた。
「どうしました?」
 声を聞きつけ、部屋の中から同じくオルシュファンの部下の女性、ヤエルが出てくる。
「すぐに、部屋を」
 黒チョコボの背から青年をおろして抱きかかえ、コランティオは指示を出す。ヤエルは頷き、『雪の家』へと走っていった。

 ふわふわと心地よい感覚。温かく包み込む優しい感触。
 青年が目を覚ましたのは、柔らかなベッドの上だった。
 あたりを見回し、首を傾げる。見覚えがある気がするが、ここはどこだ。それに、なんだか喉が乾いていた。
 部屋を出てみると、エレゼンの男性がこちらに向かってきていた。
「あっ、英雄殿、気がつかれましたか」
「コランティオさん?」
 青年はぱちりと目を瞬かせた。
 部屋に戻り、冷たい水を飲み干す。もう酔いも冷めてきた。
「チョコボに運び込まれてきた時は、何があったのかと肝が冷えましたよ」
「ご心配おかけしました……」
「オルシュファン様の所に居たのですね」
 青年は頷いた。コランティオは姿勢を正すと、恭しく頭を下げた。
「私達からも礼を。ありがとうございます」
「いえ、俺は」
「イシュガルドを救って下さったこともですが。こうして、オルシュファン様と共に居て下さること、深く感謝いたします」
 コランティオの言葉に、青年は柔らかな笑みを浮かべた。
「だって俺は、俺達の盟友は、オルシュファンに助けられたから」
 ニーズヘッグと対峙した時のことを話すと、コランティオは頷いた。
「オルシュファン様らしいです」
「あぁ」
 しばしの沈黙。彼の姿は今でも鮮明に思い出せる。きっと、コランティオ達もそうなのだろう。
「今日はこのまま、ここでお休みください」
「ありがとうございます」
 コランティオは頭を下げ、部屋を出ていった。
 青年はベッドに寝転がり、天井を見上げた。
 側にいないこと、寂しくないわけではない。できることならば直接、杯を交わしたかったし朝まで語りたかった。平和になったイシュガルドの街を、一緒に歩きたかった。それが本心だ。
 けれど。
「……どこまでも、我が盟友達と、共に」
 遠く離れていても、心は変わらない。ずっと傍に在る、かけがえのない友だ。
 その心を連れて、これからまた自分は旅に出るのだろう。
 旅を続けて、いつかその果てに。長い時を経て再び出会うことになったならば。
 イシュガルドを戦い抜いた友達と、みんなで一緒に酒を酌み交わそう。
 遠い未来に想いを馳せながら、青年は再び眠りについた。

 2016/07/03公開

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