長くイシュガルドで続いてきた竜詩戦争が一人の英雄によってその幕を閉じ、それからは目まぐるしい国内の変化で日々忙しく過ぎていく。
 ……というのは引退した父に代わり家督を継いだ兄や、政治に関わる者達など周囲の人の話で、エマネラン自身はそこまで大げさな話でもないのだが。
 剣術の稽古や政治など勉強は以前よりするようにはなった。けれど宝杖通りで従者のオノロワと過ごすくらいの時間はある。
 今日も噂話という情報を集め、屋敷に戻って夕飯などを済ませたところだ。
 繰り返すが情報収集である。決して遊んでいたわけではない。

 食後、自室で剣術に関する書物に目を通す。正直勉強など好きではなかったが、今の自分にはさほど苦ではなかった。
 ぱらりと本のページを捲り、文字をたどっていく。
 そうしていると扉がノックされた。
「失礼します」
 声は聞き慣れた少年のもの。
「オノロワ」
 名前を喚ぶと、開かれた扉から笑顔のオノロワが入ってきた。手にはティーカップと菓子が乗せられたトレイ。
「どうぞ」
「ありがとうな」
 差し出されたカップを受け取ると、ふわりと紅茶の香りが漂った。吹きさまして口を付ける。熱いが、オノロワの淹れる紅茶は美味い。
 側付きになるにあたり一通りの教育を受けた中で、茶の淹れ方も教わったのだろうが、初めて彼の紅茶を飲んだ時は驚いた。家令のフィルミアンと比較しても遜色ないほどの出来映えだったからだ。
 以来エマネランの飲む紅茶は大体オノロワが淹れている。
 五年前に出会い、色々あって従者となり、それからずっと共に過ごしてきた少年、オノロワ。
 これで彼の今日の仕事は終わり。けれどまた明日、彼に起こされて一日が始まるのだ。
「お疲れ。また明日もよろしくな」
 と、何の疑いもなく、労いの言葉をかけたのだが。
 今日はいつもと少し違った。オノロワの返事がない。
 普段は『はい。おやすみなさい、エマネラン様』と返ってくるのだが。
 オノロワの方を見ると、神妙な面持ちで一言告げた。
「エマネラン様、明日からしばらくお暇を頂きます」
 最初は、その意味が理解できなかった。言葉を反芻し、ようやく理解する。
「ん、あぁ。そうか」
 うなずいたものの、疑問は残る。休みを取るのは正当な権利だ。今までも時折休みをとって家に戻っていたことなどはあった。けれど、そういった時はもっと前から伝えてくれていたのだが。
 オノロワの顔は珍しく険しい。これはいつもとは違う、というのはすぐに分かった。
「もしかして、家で何かあったのか?」
 家族に、急に帰らなくてはいけないような大事でもあったのだろうか。けれどオノロワは首を左右に振った。
「そうではないんです! 家族はみんな元気です。ご心配おかけしてすみません、けど」
 彼は言い掛けた言葉を飲み込み、深々と頭を下げた。
「失礼します。おやすみなさい、エマネラン様」
「オノロワ!?」
 エマネランの声にも振り向かず、部屋を出て行ってしまった。
 ぐるぐると頭を巡る思考。なぜ急に出て行ってしまったのか。オレが何かしてしまったのか? と考えてみても思い当たる節は全くないのだ。
 残されたエマネランはただ呆然と、閉められた扉を見つめていた。

 翌朝、扉を叩く音でエマネランは目を覚ました。
 遅くまで寝付けなかったせいでまだ眠い。けれど目を擦りながら身体を起こす。ベッドから降りると同時、扉が開けられた。
「失礼します」
 普段聞こえるよりずっと高い声。ぺこりと頭を下げ、入ってきたのは従者としては新人の少女ソレットだった。背後にはフィルミアンが控えている。
「あのっ、おはようございます、エマネラン様。お、お茶をお持ちしましたっ」
 緊張のあまりか声が上擦っている。毎朝こうして茶を運んでくるのはオノロワの役目だったが、不在で代わりに彼女が来たのだろう。従者の仕事の練習というわけだ。
 震える手で差し出されたトレイの上からカップを受け取り、エマネランは少女の緊張をほぐすように微笑んで見せた。
「ありがとな」
 そしてカップに口を付け、そのまま動きを止めた。
(う、薄い……)
 オノロワの淹れてくれるものと茶葉も茶器も一緒のはずだが、色も香りも全然違う。飲めないほどではないのだが。
「すみませんエマネラン様、美味しくなかったですか?」
 ソレットはしゅんと俯いてしまう。
 オレとしたことが従者とはいえ女の子に悲しい顔をさせるなんて。エマネランは慌てて笑みを作って見せた。
「いやー、昨日飲み過ぎたからあっさりしてて丁度いいぜ! ありがとなソレット」
 そう言って茶を飲み干すと、ソレットは安堵したのかようやく笑みを見せてくれた。
 実際はさほど酒など飲んでいないということに、彼は気付いていたのだろう。フィルミアンが少女の後ろで、エマネランに深々と頭を下げる。
 ソレットはこの後、茶を淹れる練習になるんだろうな。
 そんなことをぼんやりと考えながら、エマネランは自室を出た。

     *****

 一方その頃。白い雪に覆われたクルザス地方、キャンプ・ドラゴンヘッド。今は主不在の執務室に、オノロワはいた。元々この地に勤める者の他にも、今日は見慣れない姿がある。冒険者向けの調査依頼を受けた者が、詳細を聞く為に集まっているのだ。
 今いるのはエレゼンの学者の女性とアウラの黒魔道士の青年だ。見上げるほど大きな二人は、こういった依頼にも慣れているのだろう。学者の女性は本を読みながら、黒魔道士の青年は静かに目を閉じている。
 依頼にはもう一人、前衛職の誰かが来るはずだ。それを待っているのだが、そわそわと落ち着かない。得物の弓をきゅっと握り、緊張にうるさく鳴る鼓動を落ち着かせるように、深呼吸をした。
 集合時間丁度になり、扉が開いた。ゆっくりとした足取りで一人のミッドランダーが入り込んでくる。
「どうもー」
 笑顔で手を振る青年の声に、オノロワは顔を上げる。 
 鎧に身を包み斧を担いだ、短い茶髪の青年。あ、と思わず声が漏れると、青年は自分を振り返った。
「あれ、君は確か」
「ご無沙汰しております、はい。オノロワです」
「弓? ……そうか、よろしくね」
 他の二人が、何事かと一瞬こちらを気にしていたが、依頼で知り合い同士が会うのも特に珍しいことではないのだろう。深く追及することもなくすぐに視線を逸らした。
 作戦を聞き、概要を頭に留める。今回の依頼は数日にわたる、ゼーメル要塞の追加調査だ。戦闘も予想される任務だった。
 説明が終わると四人はチョコボに荷を積み、要塞に向けて出発した。
 イシュガルドを救った英雄である、ミッドランダーの青年。今回の任務のリーダーは彼だ。エレゼンの女性と戦闘についての相談をして、次にアウラの青年とも簡単に打ち合わせをしていた。
 それが終わると、オノロワの側にチョコボを寄せてきた。
「えーっと君はこういう依頼は初めて?」
「は、はい!」
「中はどうなっているか分からないからね。学者さんがきつそうだったら支援に徹してあげて」
 そう簡単な指示を出したあとは、他愛ない雑談が始まった。彼は道中オノロワに何も事情を聞かず、他の冒険者達と同じように接してくれていた。オノロワもイシュガルドのことには特に触れず、ただの知り合いとして話をした。
 そうこうしているうちに要塞にたどり着き、突入作戦が始まった。

     *****

 英雄の青年を始め、オノロワ以外は皆熟練の冒険者達だったようで、ついていくのに必死だった。
 中には魔物が多く群れているところもあったが、臆することなく先陣を切って飛び込んでいく英雄の青年の姿は頼もしかった。
 戦闘訓練は受けていたし集団戦のサポートを学んだことはあったが、こうして少数討伐は動き方が全然違う。
 矢の雨を撃ち込み、時には歌を奏で、要塞内を駆ける。
 そうして二日に渡る調査、討伐はなにごともなく無事に終わった。

 終了後、ドラゴンヘッドに戻ると報酬を受け取りパーティは解散した。
 イシュガルドに寄るという英雄の青年と共に、チョコボを走らせながら話をする。
「すごく上手だったよ。冷静に周りをみて、攻撃と支援を的確に使い分けられている。初めてとは思えないくらいだ」
「ありがとうございます。貴方にそう言って貰えると嬉しいです!」
 頬を紅潮させ、オノロワは頭を下げた。
「あ、でも、そろそろ弓を変えた方がいいんじゃないかな」
「そうですね、結構長く使ってますから」
「時間があるならマーケットで見てみようか。弓は専門じゃないけど、アドバイスくらいはできると思うよ」
「はい、よろしくお願いします!」
 宝杖通りでマーケットボードをのぞき込み、並ぶクラフター製の弓の中から今の実力で扱えそうなものを教えて貰う。
「あー、お金はある? なかったら俺が出すけど」
「大丈夫です、お給金は充分頂いてますので」
 支払いを済ませて弓を受け取ると、青年に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます、大事にします」
 イシュガルドを救った英雄に選んで貰った武器。なんだか誇らしい気持ちだった。
「これがあればもっと強くなれる気がします」
 弓を抱きしめて微笑むオノロワに、青年も柔らかな笑みを浮かべてみせた。
「君が危険な討伐依頼まで受けたのは、主人のため?」
「……はい。僕はエマネラン様のお役に立ちたいんです」
 イシュガルドが平和になったとはいえ、争いごとが全て消えたわけではない。それにエマネランもいつかは、領地を治める為にここを離れることになるだろう。彼について行くいつかの為に、もっと力を付けておきたかった。弓を取ったのは彼の側で戦う為だけれど、従者の仕事をしながら合間に受ける戦闘訓練ではまだ足りないと思ったのだ。
「でも、君は従者だろう? 戦闘は危険がついてまわるし、戦える人は多くいると思うのだけど」
 君の実力を否定するわけじゃなくてね、と告げる青年は、オノロワのことを一人の大人として心配してくれているのだろう。
「もちろん、強い人はたくさんいます。でも、誰かに頼ることしかできないのは……戦うこともできずにただ待っているだけなのは嫌なんです」
 はっきりと、オノロワは告げる。弓を取った時にも覚悟はしていた。
「僕は、エマネラン様の為なら、この命だって、っ!」
 けれど言い終わる前に、オノロワの口元に押しつけられた人差し指。
「その想いは立派だけれどね。……大事な人なら、生きて側にいなきゃ」
 どこか悲しそうな声と微笑に、オノロワははっと気付く。
「す、すみません……」
 先の戦争の最中、彼は大事な友を失っていたのだ。それも、彼をかばって命を落としたのだと聞いた。
「彼のおかげで、俺は今ここにいられるんだけどね。……いや、彼だけじゃなくて、もっとたくさん……」
 オノロワは彼がイシュガルドに来てから初めて会ったが、それまでも長い旅をしていたということは聞いていた。
 英雄と呼ばれる彼はその背に多くの命を、想いを背負ってきたのだろう。
「やっぱり、残された側は悲しいし辛いんだよ。深い悲しみに捕らわれて自分を見失ってしまう人だっているくらい。だから」
 青年はオノロワの肩に触れ、真っ直ぐに彼を見つめた。
「君は生き抜くことを考えて。ヒトはいつかは死ぬし別れる瞬間は必ず訪れるものだけど、それまで長い時間、側で支えてあげるのが、一番だと俺は思うよ」
「……はい」
 オノロワは力強く頷いた。
 死ぬ覚悟じゃなくて生きるための覚悟。考えもしなかった言葉だった。
 やっぱり今回、無理を言って討伐に参加させて貰ったことは、よかったと思う。英雄殿と一緒になったのは偶然だったが、こうして話して自分の道が開けたような、そんな気がした。
 と、その瞬間。背後であっと大きな声が聞こえた。
「あ、エマネラン様」
 振り返るとそこにいたのは彼の主人であった。しかしエマネランはオノロワの先、背後にいる英雄の青年に視線を向けている。
「お前、なんで一緒に」
「……?」
 何故か動揺しているらしい主人に首を傾げていると、青年はふと笑みを浮かべた。
「オノロワ君、すっごく助かったよ。また一緒に行こうね」
 肩に腕を回され、顔が近づく。見上げた先に見える精悍な顔は、どこか挑発的な笑みを浮かべていた。
「え、あの……?」
「なっ!」
 慌てて近づいてくるエマネランが間に割り込んでくる直前、青年はぱっと手を離した。
「ぷっ、あははは」
 不機嫌そうなエマネランを前に青年はひとしきり笑うと、目に浮かんだ涙を指で拭いた。
「さてと。チョコボに蹴られる前に退散しますか」
「あ、はい。ありがとうございました」
 よく分からないが彼はもう行くらしい。今までの礼に頭を下げて見送る。
「今度フォルタン家にも顔を出すよ。またね」
 そういって彼はひらひらと手を振って去ってしまった。
 姿が完全に見えなくなるまで見送ると、エマネランはぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「ったくアイツ結構人が悪いな」
 ぼやく彼を見上げると、目があった。
「心配したんだぞオノロワ」
「すみません。言ったら、反対されるんじゃないかと思って」
 改めて、いなくなった理由をエマネランに告げると、彼は安堵したのか深いため息を吐いた。
「帰るぞ」
「はい」
 そうして彼はフォルタン家への道を並んで歩き出した。

     *****

 フォルタン家、エマネランの部屋。呼ばれるままベッドの上、エマネランの隣に腰掛けて、オノロワは不在の間の出来事を話していた。
「冒険者様はすごかったです。流石英雄と呼ばれる方ですね」
 間近で戦う姿は、その背は、今までにみた誰より力強かった。感嘆と敬意を込めて告げるが、エマネランは相変わらず不機嫌なままだった。
「そんな方に褒めて頂けて、嬉しかったんです」
「……お前の良いところならオレの方が知ってる」
「エマネラン様?」
 思わず口をついてでた言葉。格好悪い、と自覚していたがどうにもならなかった。
 彼がどれだけのことを成し遂げたのか、分かっている。戦闘の実力も、心も、何一つ適うはずもない。エマネラン自身も認めている相手だ。
 子供じみた嫉妬、独占欲。それでも。
 自分の一番大切な少年が嬉しそうに他の男の話をしているのが、嫌だったのだ。
「僕も、エマネラン様の良いところは、いっぱい知ってます」
 ふわりと花が綻ぶような笑み。衝動的にその細い肩を掴んで引き寄せていた。
 血色の良い唇に、自分のそれを重ねあわせる。柔らく触れる感触。体を離すと、大きな目をぱちりと瞬かせているオノロワの姿。
「っ、悪い、つい……」
 オノロワは少し俯き、自分自身の唇に指先で触れた。紅潮した頬に、また沸き起こりそうになる衝動を抑えながらエマネランは言った。
「……好きだ、オノロワ」
 包み込むように、そっと優しく抱きしめる。それから彼の耳にはっきり届くように伝える。
 これでは順番が逆だ。まったく、自分はオノロワの主人だし歳もずっと上なのに、どうにも格好がつかない。
「だから、もう離れるな」
「エマネラン様が望む限り、お側にいます」
 オノロワはエマネランの胸をそっと押し戻して、真っ直ぐに目を見て告げてきた。
「僕も、エマネラン様のことが大好きですから」
 幸せそうに笑う少年が心の底から愛しくて、もう一度唇を塞いだ。

 滑らかな白い肌、成長途中のまだ小さく細い四肢。自分が触れる度にひくりと震える身体に、言いようのない興奮と、ほんの少し罪悪感が過ぎる。こんなことをしているのは、年齢も立場も関係なく、愛しているからだと心から誓える。でも色事など経験もないだろう幼い相手に無理強いをする気はなかった。
「オノロワ、可愛い」
「っ、……」
 一瞬だけ反論しかけて、恥ずかしいのか口を閉ざしてしまった。耳まで真っ赤に染まり、反らされた瞳はうっすらと涙の膜で覆われている。
 理性など揺らぎそうになるがそれを簡単に手放してしまうつもりもない。本当に大切なのだ。嫌な想いをさせたくない。これから先もずっと、側にいて触れたい相手なのだ。
 だから少しずつ時間をかけて、可愛い反応を引き出して。抱いてしまいたい欲求はあるけれど、最後まではする気もなくて。
「……エマネラン、さま」
 震える声で名を呼ばれ、安心させるように笑んでみせる。
 さらけだされた下肢の中心に触れれば、少年はあえかな声を漏らした。
「んっ……あ」
 手の内に収まるそれを扱きあげると声に甘さが混ざってくる。
「あぅ、っや、だめで、す、あ……」
「いいから」
 与えられる未知の快楽に、ほんの少し怯えを滲ませて。それでも健気に耐える少年に愛しさが募る。追い立てるように手の動きを激しくすれば、彼はいやいやをするように首を振った。
「ふっ、あ、やぁ、エマネラン、さまっ」
 高い声をあげ、胸にぎゅっとすがりつく。手の平に感じる濡れた感覚にちゃんと達したのだと知る。
 額にキスを落としてそれからエマネランは少年に背を向けた。
 手を拭いながら、冷静さを取り戻そうと深く息を吐く。
 これ以上は。これ以上はまだ。
 そう心の中で言い聞かせていると、小さな手が背中をきゅっと掴んできた。
「もう、終わり、ですか?」
 迷いを見透かすような瞳。聡明な少年には、自分の思惑など何もかも見通されているようだった。
「僕はそこまで子供じゃありません」
 返す言葉を失っていると、彼は更に続けた。
「だからエマネラン様。僕をちゃんと、貴方のものに」
 して、ください。
 最後は消え入りそうな声でそう告げられる。
 あっさり持って行かれそうになる理性をなんとか押し止めて、エマネランは口を開いた。
「本当に、いいのか」
「はい」
 念を押せば、花のような笑顔ではっきりと返ってくる。
「お前はオレを甘やかしすぎだ、オノロワ」
「それは、エマネラン様の方でしょう?」
「だったら、似た者同士なのかもな」
 対称的だと言われる方が多いのに、こうして長くいると似てくるところもあるのかもしれない。顔を見合わせて笑ってから、引き寄せられるように唇を重ねた。

 後孔を念入りに解し、自らのものを押し当てる。
「つらかったら、言えよ」
 少年が頷いたのを確認して、ゆっくりと中に押し入った。
「んうぅ……」
 苦痛の色が滲む声。けれどそのまま腰を進める。
 狭い内を少しずつ押し広げていくと、柔く包まれる感触にくらくらと目眩がした。そんなに時間は経っていないだろうに、やけに長く感じられた。全部をおさめて、ようやくため息をつく。
「エマネランさま」
 落ち着くまでじっとしていると、オノロワが見上げてくる。
「嬉しい、です」
「オレもだ」
 そうして、また口付けを交わして。心から、幸せだった。

 疲れたのかすやすやと寝息をたてる少年の髪を、そっと優しく撫でる。
 日が変わるまではもう少し。明日からオノロワはまた、従者としてエマネランの側にいることになるだろう。
 けれど今は、時計の針が新しい日を指すまでは。
 ただ恋人として、側にいたい。
 耳元に唇を近づけて、想いを込めて一言、告げた。
 ――愛してる、と。

 2017/02/12公開

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