真っ白な雪に覆われたクルザス中央高地。雪が降ることの多いこの地域も、天気予報士の言葉通り今日は晴れ渡っている。
稼ぐには絶好の日だ。
普段は戦士として斧を振るっているが、冒険者に開かれた技術は、戦闘だけでなく製作も採集も一通り学んでいる。その全てを極めたわけではないが。
採集や製作の技術は何かと役立つ。一人で旅をするにも自給自足ができれば困ることはない。
俺は昼過ぎからここに訪れ、園芸師としての仕事に励んでいた。
ここでしか採れない、クルザス名産のシャインアップルを採集して、かごに入れていく。
これはマーケットでも人気の品種だ。ジュースやお菓子の材料になるし、そのまま食べてもいい。
売りに出せば路銀の足しになる。
ひときわ艶やかなシャインアップルを見つけ、思わず笑みが浮かんだ。他の物と分けて小さなかごに入れる。こちらもいっぱいになってきた。
特に良質のものは、更に高値で売れるから、分けて出品するのだ。
当面の旅に困らないだけは稼げるだろう。
俺は採集を中断し、身体を伸ばした。
気づけば日の位置もかなり変わっていた。ずいぶん時間が経っていたようだ。
小腹も空いてきたから休憩をとることにする。魔物に見つからないように端に座り、採りたてのシャインアップルをかごから取り出して一口かじりついた。しゃくしゃくとした食感と共に口の中に広がる甘み。真ん中には透き通った蜜がたっぷり詰まっている。
これは通常の品質だが、十分な美味しさだ。こんなに美味しいものを一人で、というのは少し味気ないけれど。
不意に、浮かんだのはオルシュファンの顔。
小さなかごに盛った、特に上質なものに視線を向ける。
彼はきっと今日も部下たちの訓練をしているだろう。採れたての果物、差し入れたら喜んでくれるだろうか。
食べ進めながらそんなことを考える。
……あと少し採集したら、キャンプ・ドラゴンヘッドへ立ち寄ろう。
種と芯だけになったものを肥料になるように土に埋めて、俺はまた採集へ戻った。
オルシュファンは俺にとって友であり、もっと大切な存在でもある。
初めてクルザスを訪れた時は、余所者だからと周りに冷たく扱われていた。その中で、彼だけが歓迎してくれた。
それだけじゃない。俺を英雄として接する人が多い中、彼は俺個人として接してくれる。貴族でもなんでもないし、種族も違う。でもそんなことは関係なく、友と呼んで対等につきあってくれている。
それが、本当に嬉しかった。
気がつけば、数少ない気を許せる存在になっていた。
ちょうどこのあたりでの用事も多かったから、ついでにと顔を出すことが増えた。時間があれば色々と話をして、食事や酒を共にした。
初めて気持ちを自覚したのは酒の席だった。その時俺は辛いことがあっていつも以上に呑んでいたし、確かに酔ってはいた。
普段口にすることができない苦しい思いを吐き出していたのは覚えている。
それを嫌な顔一つせず、ずっと聞いてくれていた。朝方まで、彼の私室で。子供を諭すように頭を撫でられた。その手が温かくて、居心地がよくて。
そうしているうちに気がついた。友としてだけでなく、彼の人柄に惹かれているのだと。
チョコボに荷を積んで、急いで走らせてきたが、キャンプ・ドラゴンヘッドに入る頃にはもう陽も傾いていた。
オルシュファンは入り口近くで部下の訓練をしていたようだった。
俺の姿に気づいて、歩いてきてくれた。
「おお、お前か。こちらに来ていたのだな。今日は何か用事か?」
訊かれ、俺は頷いた。
良質なシャインアップルだけを盛った、小さなかごを差し出す。
「いっぱい採れたから、どうかなって」
「シャインアップル?」
オルシュファンはかごから一つ手に取って、まじまじと見ていた。
じっと見つめるその顔は、喜んでいるような感じではない。ここにきて、不安がこみあげた。
もしかして、あまり好きではなかっただろうか。そもそも近くで採れるものなのだから、わざわざ俺が届けずとも見飽きているかもしれない。
「あ……無理にとは」
「お前はすごいな」
言い終わる前に重ねられた言葉に、思わず顔を見上げる。
「園芸師としての腕前も一流なのだな」
「それは褒めすぎだよ……」
園芸師としてはまだ修行中の身なのに、なんだか気恥ずかしくなってしまう。
「皆も喜ぶだろう。ありがとう」
オルシュファンの笑顔に、心配は杞憂だったと知る。ほっとした。
「まだ時間はあるのか? 夕食を一緒にどうだろうか。この礼も兼ねて」
「あ、いや、そこまでは」
時間はあるが、礼など期待していたわけではない。深く考えずに来てしまったが、かえって逆に気を使わせてしまったかと反省する。
「そう言うな」
肩に手を回され、耳元で小さな声で言われた言葉。
「これを口実に、私がお前と居たいだけだ」
オルシュファンは悪戯っぽく笑っていた。
そう言われては断る理由もない。俺も同じだ。
差し入れなど口実で、本当はただ、会いたかったのだから。
オルシュファンと夕食の時間を共に過ごし、話しているうちに夜も遅くなったからと泊めてもらうことにまでなってしまった。
今はオルシュファンの私室に来ていた。
急に訪ねたにも関わらず出された料理はたくさんあったので、その時に食べ損ねたシャインアップルを部屋に持ち込み、ここで食べることにしたのだ。
調理用のナイフで食べやすいようにくし型に切り取って、皮を剥いていく。それをオルシュファンはじっと見ていた。
「器用だな」
「調理師もやってるからね、これくらいは」
皮を剥いたものをオルシュファンに差し出す。
新しく切り取った分は、皮をウサギの耳に見立てた飾りを施してみせた。
「あぁ、美味い」
「それは良かった」
「お前が採ってきてくれたものだと思うと、更に美味しく感じるな」
「またそういうことを……」
褒めても何もでないぞ、と告げればオルシュファンは笑った。
二人でシャインアップルを食べながら、話をする。近況などを伝えていると、オルシュファンに訊ねられた。
「明日は忙しいか?」
「いや、特に予定はないよ」
するとオルシュファンは思いもかけないことを言ってきた。
「たまには共に出かけてみないか」
「えっ?」
予想外の誘いに、食べる手も止まる。
「見せたいものがあるのだ。朝が早くなってしまうだろうから、お前さえよければだが」
「! 見てみたい」
「そうか!」
嬉しそうな声。彼が改まって見せたいものというのは何だろう。
気になるが、明日になれば分かることだ。
「それでは、早く休もう」
食べ終わったあとの皿とナイフを片付け、就寝の支度をする。
用意された客間に向かう前に、もう一度彼の部屋に顔を出した。出発の時間の確認と、挨拶をしておきたかった。
出発はかなり早いが、彼はやるべき仕事が多いのだから仕方ない。それなのに一緒にに出かけられることの方が嬉しかった。
「おやすみ、イイ夢を」
「あぁ、おやすみ」
それから部屋に戻るとベッドに入り、すぐに眠った。
早朝のクルザス中央高地。今日も雪はないが、澄んだ空気は冷たい。この晴れ空も今だけで、夜にはまた雪になると聞いた。
オルシュファンのあとに続いてチョコボを走らせる。
いつか来た、スチールヴィジルの方へ向かっているようだった。
ドラゴン達をかわしながら、奥へ奥へと進む。
以前は足を踏み入れなかった場所、スチールヴィジルの更に先の崖で、オルシュファンは止まった。
「着いたぞ」
チョコボから降りて、雪を踏みしめる。
俺は目の前に広がるその光景に息を呑んだ。
崖の下の、蒼天に広がる山頂の都市。
山の都、聖都、皇都と様々な呼び名のある、要塞都市イシュガルド。
この場所からでなければ見られないだろう景色。
「いつか、共にイシュガルドへ行けたらな」
「あぁ、行ってみたいな」
「父上もきっと、お前のことを気に入るだろう」
オルシュファンの父、フォルタン家当主。
傭兵や冒険者の受け入れに積極的などの話を聞く限り、オルシュファンはどうも父親に似ているようだった。
どんな人なのだろうか。いつか会えるだろう予感はしていた。
三国とは違う文化の国。イシュガルドの地に関心は尽きない。
「料理とか、興味あるんだ」
製作レシピの中には、イシュガルドの料理もある。食べたことはあるのだが、本場の料理というのは気になった。
「美味しい店も色々あるんだろうなぁ」
「そうだな。イイ店を紹介する」
「街も色々教えて欲しいし、マーケットも見てまわりたいな」
「いくらでも案内しよう」
期待は尽きない。けれど笑いがこみ上げてきた。
「なんだか、デートの約束みたいだ」
「フフ、そうだな」
今もデートみたいなものか。
ふと思い立って急に恥ずかしくなる。赤い顔に気づかれたくなくて、視線を逸らした。
ひやりとした風が俺の短い髪を揺らしていく。ちらりとオルシュファンの方を伺って、その目線の先をたどる。
彼の目に映るのはイシュガルドの街。俺にとってはまだ見知らぬ地。それでも、彼の愛する街ならば、自分も好きになれるのではないかと思った。
もう一度、街を見下ろす。
二人で共に見たこの景色を、目に焼き付けたかった。
2016/10/09公開